福島新介様

別冊モーターサイクリスト創刊 編集長

 私がモーターサイクル出版社へお世話になったのは、当社創業9年目、42歳の酒井文人社長率いる当社の萌芽期で、ビートルズが初来日し、ベトナム戦争が激化。京葉道路が全線開通した1966(昭和41)年4月、日刊紙の三行広告で、「モーターサイクル出版社 モーターサイクリスト編集部員募集 中央区八重洲5-3 電話(281)6656-7・7287」を発見。早速連絡して伺い、社長以下2名ほどの面接を受け、オートバイをどのように楽しんでいるか? モーターサイクリスト誌の編集は今後、どの様にしたいか? を400字詰め原稿用紙2〜3枚にまとめるよう指示され、提出して木造二階建てライトブルーに塗られた両開きの社屋を後にして帰宅した夕方、「明日から出社して欲しい」の吉報を受けた。原稿は鉛筆書きで、社の卓上にはソロバンと消しゴムが置かれていた。

 以来長年にわたって編集を勤めさせていただき、取材先の皆様、関係各社にご苦労を散々おかけし、そして読者の声援(罵声)に背を押され、趣味のオートバイ雑誌の編集を長く続けられたことに対し、まことに深謝致します。

 12年間携わったモーターサイクリスト誌編集部では、1978(昭和53)年10月号でスズカ国際8時間耐久レース「POPヨシムラの執念が勝利を生んだ!」を取材したのが今でも強く印象に残る。

 時は池袋の「サンシャイン60」が開業、5月に成田国際空港が開港し、ピンクレディーのUFOや堀内孝雄の君のひとみは10000ボルトが流れ、インベーダーゲームが爆発的な人気を呼んでいた1978(昭和53)年8月8日(大安)、社長室に呼ばれると編集局長も同席していて、「多様化する読者を月刊誌一誌では収容できないので、ビジュアル系のMC誌を創れ」と手短に言われ、別冊モーターサイクリスト(創刊号) の発売は1978(昭和53)年の11月号だと伝えられた。以来1994年2月号まで編集長を務めることになった。八は創業者・文人社長の好む数字であり、八重洲出版の社名にもそれは表れている。

 八重洲出版創立60周年にあたって願うことは、出来ますことなら、創立100周年を迎えられることを、心よりお願いしたい一心です。

◎福島新介様プロフィール
1939(昭和14)年東京下町生まれ。東京大空襲の下、母親に手を引かれて逃げまどったひとり。1957(昭和32)年12月、鮫洲運転免許試験場で自動2輪、小型自動車運転免許証取得。最初改造したのは、3,000円で中古車屋から買ったスーパーカブを、山口オートペットのように燃料タンクを膝で押さえるスタイルにしたこと。見た・乗った・買ったで数台乗り継ぎ、1966(昭和41)年4月、モーターサイクル出版社へ入社し、1978(昭和58)年7月21日、別冊モーターサイクリスト編集長を拝任。以来、1993(平成5)年12月21日、出版部部長を最後に定年退職。現在78歳。