大久保 力様

創立60周年のお慶びに際して

 僕が八重洲出版の前身・モーターサイクル出版社「月刊モーターサイクリスト」編集部に入ったのは1960年末でした。同月刊誌は元々1951年からモーターサイクル普及会という出版社の発行でしたが、戦後の貨物運搬役だった二輪自動車を先進国レベルに牽引する工業技術などの誌面が多い内容でした。その頃、貨物車から純乗用・スポーツ指向へと、日本の二輪車とユーザー層、そして読者のニーズも変り始めたこともあって販売部数の減少に苦悩していたようです。その改革に営業部の酒井文人は彼の全財産と銀行支援を基に1957年7月、自らが代表のモーターサイクル出版社に改組し、火中の栗を拾うように同月刊誌の継続を決意したのです。

 営業部の仕事を通してモーターサイクルの効用や素晴らしさに傾倒した酒井は、スポーツ車の増加に伴う不法運転者も出始めた風潮を、アマチュアには無縁だったレースなどの競技を普及させ正しいライダーへの啓蒙に役立たせる提案をするのです。彼の提案は全国に増え出した二輪車愛好クラブの熱い賛同を受け1958年8月、初の全日本モーターサイクルクラブマンレース大会を開催、その影響はライディング技術や正しい路上運転向上を広めるとともに、今日の二、四輪レースの礎を築いたのであります。

 酒井の比類無き情熱と実行力は本作りも同じで、僕ら若い編集者には思いもつかぬアイデアに助けられもしました。でも、不安定な販売部数に悩まされることも多く、時には二階の編集部への木造階段はずっしり積まれた返本で歩くのも大ごとでした。

 その真新しい返本の表紙を黙々と剥ぎ取る酒井の言いようもない雰囲気に「社長、お手伝いします」「うん‥リキちゃん、な、読者が読んでくれる本を作るのは難しいもんだよ…こう、表紙を破っておかないと変な所で売られちゃう‥そんな見っとも無いこと出来ないからね、、」。この時代、夜の路上にはカーバイトガスの匂いと強い光のランプに照らされた月遅れ週遅れの新古本を売る露店が多く、酒井は自社の本がそんな売られ方をしないよう涙を滲ませながら表紙を破り取っていたのです。その姿は、編集会議の度、個々の主張が怒声や掴みあいしながら本作りに打ち込んでいる積りの僕には大きな衝撃でしたし、未だに肝に銘じているのですが果たしてどれほどの実践が…。

 そのような試行錯誤な本作りの社屋、東京駅から徒歩数分と言えば格好良いものの、間口2間ほどの木造二階建てに編集、営業など11〜12人の小社でした。それが今や自社ビルの㈱八重洲出版となり、創立者・酒井文人氏の他界から15年経ちますが、定期、季刊等15誌を超えるまでの出版社に成長され、更に会社創立60年の還暦を迎えられたのは望外の喜びであります。

 還暦は人生はじめ全ての事物は60年の周期で動いているという古代中国の暦に基づく慶祝の慣習ですが、同時に次の60年への一歩を踏み出す祝いでもあるようです。八重洲出版の今日に至った成果を心からお祝い申し上げますとともに、更なる成長への新たな門出であるよう切に祈念致す次第であります。

大久保 力(おおくぼ りき)
◎大久保 力様プロフィール
1939(昭和14)年東京生まれ。自動車ジャーナリスト。二輪、四輪レース活動の傍ら、モーター関係の専門誌に新型車テスト記事をはじめ、幅広い分野で執筆活動に活躍。著作も多数ある。現在日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)監査役、全国オートバイ協同組合連合会(AJ)監事、全国二輪車用品連合会(JMCA)顧問など多くの重責を担う。ゴールドスター ドライバーズクラブ会長。弊社OB。