• 1950年代
  • 1951昭和26年

    12月

    弊社の母体組織であるモーターサイクル普及会が月刊『モーターサイクリスト』を創刊

  • 1957昭和32年

    7月

    「株式会社モーターサイクル出版社」として法人登録。酒井文人が代表取締役社長に就任する。当時の弊社社屋(右下のカット)は、東京駅八重洲南口前にあった本田技研工業株式会社本社の裏手に当たる、中央区八重洲5丁目で間口の狭く奥行きが深い2階建てで「鰻の寝床」と称された。左下のカットは社内でソロバン片手に苦しい経費をやり繰りする酒井社長(右)と事務社員の小野富久子女史。

  • 1958昭和33年

    8月

    日本初となるアマチュアモータースポーツ競技を開催するため、酒井文人社長が奔走し全国のクラブマン組織を鳩合して全日本モーターサイクルクラブ連盟(MCFAJ)を発足。翌日台風襲来の中、浅間高原自動車テストコースで第1回全日本モーターサイクルクラブマンレースを開催し大成功を収める。

  • 1960年代
  • 1964昭和39年

    3月

    月刊『ドライバー』創刊

  • 1967昭和42年

    3月

    社名を「株式会社八重洲出版」と変更し、東京駅八重洲北口に近い繁華街に新築されたばかりの田中八重洲ビル(うち2階と7階)新社屋へと移転。同時に創立10周年記念式典を挙行。


  • 1960年代後半から1970年代前半にかけ弊社の出版事業は定期雑誌のほか、モータースポーツに間連する話題を掘り下げた読み物を中心にした単行本も多数刊行し、熱心な読者を多数育ててモータースポーツ文化の裾野を拡げる一翼を担った。


    前社長の酒井文人はモーターサイクルだけでなくクルマ趣味人としても数々の名車を愛用した。なかでもお気に入りは1960年代後半に西ドイツ(当時)のBMWが製造した2ドアクーペの高級パーソナルカー2000CS(クーペスポーツ)で前衛的なスタイルと俊足ぶりが気に入って公私にわたり愛用した。

  • 1970年代
  • 1970昭和45年

    3月

    本格的なモーターリゼーション時代が到来し、新型車や新商品の話題に即応するため、酒井社長が「月刊ドライバー」誌を月2回発行(5日と20日売り)へと変更する決断を下す。同時に来たるべきスポーツサイクリング時代を見据えて自転車専門誌の「サイクルスポーツ」も発刊し、当時開催された自転車イベント「関東甲信越ラリー」などにも社長自ら進んで出場する熱意を見せた。

  • 1972昭和51年

    3月

    弊社創立15周年記念行事にあわせて、戦後の国内レース界で命を落とした16名のご家族、ご友人、関係者を招き「今は亡き友を偲ぶ会」の献花式を、東京西新宿の京王プラザホテルで開催した。

  • 1976昭和51年

    3月

    弊社はそれまでの間借り社屋から、現在の中央区八丁堀にある7階建ての自社ビル(エイトビル)へと移転し弊社の事業にご協力をいただいている方々をお招きして新社屋披露を兼ねた記念行事を開催。社長をはじめ全社員が心機一転。自動車関連を中心としながら多岐にわたる新刊誌発刊に舵を切り事業を拡大していく。


    1958年に日本初のアマチュアモータースポーツ団体MCFAJの設立し多くの競技大会実現に尽力した弊社社長(当時)酒井文人に対し、1961年(昭和36年)に日本国内のモーターサイクルスポーツを統轄する機関として設立された日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)の会長(当時)石塚秀男氏からも1976(昭和51)年に感謝状が贈られている。

  • 1977昭和52年

    7月

    創立20周年


    1970年代後半から1980年代にかけて、爆発的な自動車ブーム、バイクブームの時代が到来する時代を見据え、酒井社長は業界を牽引する大人のためのモーターサイクル月刊誌「別冊MOTOR CYCLIST=モーターサイクリスト」、新しい自動車の楽しみ方を提案する月刊誌「CARBOY=カーボーイ」、青少年のブラスバンド熱を応援する月刊誌「Band People=バンドピープル」などの創刊を次々と決断する。

  • 1978昭和53年

    3月

    月刊『ラジコンマガジン』創刊

    10月

    月刊『別冊モーターサイクリスト』創刊

  • 1980年代
  • 1980昭和55年

    3月

    月刊『カーボーイ』創刊

    月刊『バンドピープル』創刊


    創刊後、月刊『カーボーイ』は、1980〜90年代に日本のクルマ業界で爆発的なチューニングカーブームを巻き起こした。

  • 1981昭和56年

    7月

    日夜勤務に励む弊社社員とスタッフらのために酒井文人社長(当時)が静岡県伊東市川奈で名門ゴルフコースを持つ川奈ホテル至近の立地で眺望抜群の高台に温泉付き立地を選定。1981年に木造3階建ての「八重洲出版川奈寮」を建設竣工、以来現在まで多くの社員関係者らの保養に愛用されている。同年2月18日川奈寮建設にあたり酒井社長(当時)自ら神職を招き建築業者らと共に地鎮祭を行い工事での無事を祈念した。

  • 1982昭和57年

    7月

    創立25周年 記念式典を挙行
    東京神楽坂にある日本出版クラブ会館で弊社25周年記念式典を160名に及ぶ関係者の皆様をお招きして開催。冒頭の挨拶に立つ酒井文人社長の脇には、酒井社長が事業に専念するため全日本モーターサイクルクラブ連盟運営のバトンを受け渡し、その後四半世紀にわたって事務局長を務める故・西山秀一氏の顔も見える。

  • 1983昭和58年

    1月

    八重洲ピーアールセンター 設立

  • 1984昭和59年

    『サイクルパーツオールカタログ』創刊 ※以降年1回発行

  • 1986昭和61年

    1986(昭和61)年4月、弊社不動産賃貸物件として東京のウォーターフロントに隣接する東京都江東区木場3丁目に鉄筋7階建て高級賃貸マンション「エイトハイツ」木場を新築。同月7日、盛大な披露宴を前に酒井文人社長(当時)が挨拶。弊社の事業収入の一翼を担い1階には弊社別置き資料倉庫も設置した。


    現社長の酒井雅康は新卒入社の凸版印刷を退社し語学研鑽などのため1986年に渡米。酒井文人社長(当時)と懇意の元ヤマハ社員・波川氏仲介で米国マイアミ在住の大学教授小畑氏がもつコンドミニアムで生活を開始。そこへ現地視察も兼ね父の文人氏が訪れ小畑先生の自宅前にてご一家と記念撮影。

  • 1987昭和62年

    7月

    創立30周年
    自社のエイトビル7階で記念式典のお祝いを開催。多くの社員に囲まれ中央で笑顔を見せる酒井社長は趣味のゴルフで周囲も驚く上達ぶりを見せ、別冊モーターサイクリスト誌面では弊社創業時代に自ら取材したマン島TT回顧録などを精力的に執筆する元気ぶりを見せていた。

  • 1989平成1年

    1989(平成元)年3月には、木場に続く二番目の弊社が所有する賃貸不動産物件として東京の閑静な住宅地、杉並区西荻北4丁目に鉄筋4階建て高級賃貸マンション「エイトハイツ」杉並を竣工。同月29日には多くの関係者の方々を集め盛大な披露会を開催した。

  • 1990年代
  • 1990平成2年

    5月

    1988年に突然の脳梗塞で倒れ、以来療養に励んで翌1989年4月に復帰した酒井文人社長が、それまで別冊モーターサイクリスト誌で執筆連載した戦後日本モータースポーツ史の裏話を集大成した単行本「実録秘話・浅間からスズカまで」を発刊。


    1980年代末から1990年代初頭の自動車業界はバブル景気に支えられた空前のチューニングカーブームが到来。業界情報は月刊「カーボーイ」誌の独壇場となり、多くの熱心な読者ばかりでなく多数のクライアント様たちにも大きな支持を受け弊社の事業収益を支えた。また月刊誌のほか多くの臨時増刊も続々発刊した。

  • 1991平成3年

    5月

    月刊『オートキャンパー』創刊

    7月

    季刊『オールドタイマー』創刊

  • 1992平成4年

    6月

    創立35周年。
    弊社35周年記念式典の目出度い日をエイトビル7階で迎える。新たに仲間へ加わった若い社員たちに囲まれるように中央には、病との戦いから生還し笑顔を見せる酒井文人社長が座を占める。

  • 1994平成6年

    6月

    「ゴッドハンド」こと神の手を持つと言われ、今やチューニング界の神様と崇められるポップ吉村(故・吉村秀雄氏)と弊社酒井文人社長は1962年に九州雁の巣で開催したクラブマンレースを契機に刎頸の友となった。そのヨシムラレーシングの集大成を一冊にまとめた「ヨシムラレーシングヒストリー」を弊社で1994年に発刊した。

  • 1996平成8年

    創業者の酒井文人社長が代表取締役を退任し会長に就任。酒井の長男、雅康が替わって代表取締役に就任し、八重洲出版の新たな時代の扉を開いた。


    「税金が社会共通の経費をまかなうための会費」とし自主申告納税制度伸長を目指す日本橋法人会。その活動に積極的な協力を続ける会員の弊社八重洲出版は日本橋法人会会長からも1977(昭和52)年の第一期を皮切りに5度にわたって表彰も受けている。

  • 1997平成9年

    6月

    創立40周年記念事業として戦後日本モーターサイクル産業史の集大成と言える960ページ余の大型本「日本モーターサイクル史」1997年度版(中央)を発刊した。弊社では過去1972年に第一号(左)の発刊を皮切りに、創立30周年となる1987年に第二号(右)と続く、国内で生産された二輪商品のほぼすべてを網羅する弊社でしか為し得ない記念誌を発刊してきた。 また1998年にはスクーターブームに即応した新たな楽しい世界を紹介する月刊「スクーターファン」を発刊する。

  • 1998平成10年

    『スクーターfan』創刊

  • 2000年代
  • 2000平成12年

    弊社は日本経済の中心ともいえる東京・日本橋税務署管内で活動する数多く企業のなかで長年にわたり正しく納税申告を行う優良申告法人として5年に一度、税務調査を兼ね同税務署幹部の方々が表敬来社。1985(昭和60)年から4度にわたり表敬状を授与されている。

    2000(平成12)年の表敬。日本橋税務署長からの表敬状を前に酒井社長(右写真・中)と日本橋税務署幹部の方(右写真・左)ほか弊社スタッフで記念撮影

  • 2002平成14年

    4月

    会長・酒井文人死去(享年78歳)
    かねてより病気療養中だった酒井文人会長が逝去。享年78歳。弊社では同年6月5日午後1時より3時まで東京中央区蛎殻町のロイヤルパークホテル2階「有明」の間を会場として、故 酒井文人「感謝とお別れの会」を開催した。会場には献花台のほかご来賓の方々が生前の酒井足跡を辿れるよう創業時からの写真パネルや、酒井が乗車し全国の読者を訪ねて執筆した「ロマグレ漫走記」の愛車BMW R50なども展示。当日は450名に及ぶご弔問の方々が酒井との別れを惜しんだ。

  • 2003平成15年

    12月

    『グリコのおまけ型録』発行
    大正11年から多くの子供たちに愛され続けているお菓子が「グリコ」。昭和2年には今に続く人気の「おまけ付きグリコ」を発売。2002年で80周年を迎えたのを機に発売元・江崎グリコの全面的な協力を得、この間グリコに付けられたおまけを全網羅する300ページの大型本「グリコのおまけ型録」を発刊。

  • 2005平成17年

    4月

    季刊『ハイエースfan』創刊

  • 2006平成18年

    7月

    『チクリッシモ』創刊

    『日本モーターサイクル史』刊行

    『キャンピングカーオールアルバム』創刊 ※以降年1回発行

  • 2007平成19年

    7月

    創立50周年
    半世紀の節目を迎えるのにあたり、記念事業企画として取り組んだのが「1945→2007日本モーターサイクル史」であった。その内容は出版物としては桁外れの1200ページ余に及び、誌面では戦後販売された国産二輪車6,500モデル余を商品写真と共に詳細紹介。ほかに戦後台頭した日本二輪業界の栄枯盛衰物語を併載するなど、一般読者の方々は勿論、二輪販売店など業界関係者の皆様からも大好評を持って迎えられた超大型本となった。

    8月

    『軽キャンパーfan』創刊

  • 2008平成20年

    8月

    『よくわかる補聴器えらび』創刊 ※以降年1回発行

    『HONDA モーターサイクル・レーシング・レジェンド』発行


    故・酒井文人が開拓した日本アマチュアモータースポーツの原点「全日本モーターサイクルクラブマンレース」を軸に、1950年〜1980年までの昭和二輪レース史を豊富な資料を基に集大成したDVD付録付きの大型ムック「浅間から世界GPへの道」を発売したのがこの年だ。

  • 2010年代
  • 2011平成23年

    2月

    弊社の出版物は2010年代に入ると、より趣味世界に特化した新提案誌「別冊オールドタイマー」やクラシックモーターサイクル界の粋を紹介する二輪誌「The Motorcycle Classics」など新定期刊行物も創刊される一方で、難聴に悩む多くの方々へのバイブルとなる「よくわかる補聴器選び」など健康志向にも留意した新提案誌も発刊されるようになる。

  • 2012平成24年

    1976年の移転から弊社の自社ビルとして、数多くの名作誌を生み出す揺りかごでとなってきたエイトビルも40年に及ぼうかという時の流れの中で老朽化が見られるのに伴い、この年社内外にわたる大規模な改装工事を酒井雅康社長が決断。工事期間が終わり新装なった社屋前で社長を中心に社員一同記念写真に収まる。


    8月

    『ロンドンオリンピック2012 日本代表選手 栄光の軌跡』発行

    11月

    お台場旧車天国開催 ※以降年1回開催


    2010年代はそれまで本業であった出版業に加えて、新たにイベント開催事業へと本格的に事業を拡大する。東京お台場での「キャンピングカーフェア」や、弊社ならではの新提案イベント「旧車天国」などは、驚くほど多数の展示参加者や来場者を集めてイベントを次々と成功させていく。社内にも専門部署である「I&D(アイデア&デベロップメント)事業部」が新たに発足し、目まぐるしく変化する時代に即応する体制を築きあげる時代へとなった。

  • 2013平成25年

    2月

    神奈川キャンピングカーフェア開催 ※以降年2回開催

  • 2014平成26年

    3月

    『ソチオリンピック2017』発行

    6月

    『バイク図鑑』創刊 以降年1回発行

    『ツール・ド・フランス公式プログラム』創刊  以降年1回発行

    11月

    お台場キャンピングカーフェア開催 ※以降年1回開催


    毎年7月フランスとその周辺3,300㎞の公道を23日かけて自転車で競うツール・ド・フランスは、連日テレビ放映され今や日本でも絶大な人気を誇るスポーツだ。そのツールの詳細紹介情報を日本で唯一、主催者から許され公式プログラムとして毎年発刊しているのも弊社だ。

  • 2015平成27年

    7月

    『ヴィンテージパラダイス』創刊

  • 2016平成28年

    11月

    『車名博物館』創刊

  • 2017平成29年

    3月

    お台場痛車天国2017開催

    7月

    創立60周年