創刊当時、中学生だった私は毎号の発売が楽しみでした。
現在はネット社会となり状況は様変わりしましたが、そのときのワクワク感を忘れず毎号誌面に生かし、皆様にお届けしたいと思います。

ホビー事業部 保坂奉伯

1950年代

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  • 1954年(昭和29年)小川精機㈱ 大阪にてラジオコントロール装置の生産開始

私が生まれる前の歴史であるため、諸先輩のお話や過去の資料を調べてみました。

日本におけるホビーラジコンのルーツは、現在の増田屋コーポレーション(増田屋斎藤貿易)が1955年に発売したラジコンバスといわれています。 無線操縦のユニットは価格を抑えるため間隔を開けた電極間に、別の電源から高電圧を印加する火花送信機を採用。 受信機側には金属粉末に高周波が到達すると、電気抵抗が減り直流電流が流れるコヒーラ検波器を電波検出に用いていました。 原始的な構造のため動作が不安定で、複数の同時走行に不向きだったそうです。 すでに真空管やトランジスタの存在はありましたが、まだ高価であったため使用されていません。 こうしてコストを抑えたものの、当時の日本の所得水準では高額であったため販売先は主に海外であったそうです。

このほかに、以後のラジコン業界へ大きな功績を残す出来事が起こります。 当時は郵政省からラジコン用に割り当てられた周波数は27.12MHzの1波だけでしたが、業界関係者のご尽力によって新たに公共の電波をホビーラジコン用として獲得することができました。 これによって27MHz帯に6波、40MHz帯で2波がラジコン専用電波として正式に認可されました。

1960年代

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  • 1962年(昭和37年)3月神奈川県芦ノ湖でRCボートによる12km国際レースが開催される。
  • 1963年(昭和38年)5月三重県の鈴鹿サーキットで第1回RC飛行機の全日本選手権が開催される。
  • 1964年(昭和39年)9月ミツミ電機の森部一社長がRC飛行機による伊豆大島~江ノ島縦断飛行に成功
  • 1965年(昭和40年)6月3名のマニアによりRCボート3隻による川崎~木更津東京湾横断に成功
  • 1966年(昭和41年)地球堂模型店がエンジンカー RCジープを発売。マニアが潜水艦のRCを製作。ラジコン保険が誕生した。
  • 1967年(昭和42年)エンジン模型関連メーカー22社により日本エンジン模型工業会 (現 日本ラジコン模型工業会)結成。
  • 1968年(昭和43年)小川精機が模型用ロータリーエンジンの開発に成功。RCボートでは電動水中翼船の走行に成功。
  • 1969年(昭和44年)IC(集積回路)装備のサーボが登場。

無線機器がリレー式のマルチチャンネルからリレーレスになり、1965年になると現在のコントロールシステムの基本となったデジタルプロポーショナルシステム(プロポ)が登場します。

このシステムはスイッチのON-OFF制御ではなく、ボリュームを使い比例制御を可能としたほか微調整用のトリムレバーが装備され、無線機の性能と信頼性が一気に向上し、操縦者の意思に反映された正確なコントロールが実現しました。 そして、半導体が世に普及するとレシーバーやサーボなどに使用され、小型でユニット化が進み高度な専門知識がなくても取り組めるようになりました。 まだ高価であったものの、創成期よりは手ごろになったラジコンは普及を加速させました。

この頃になるとラジコン飛行機の長距離洋上飛行(大島~江ノ島間57km)。 さらに箱根芦ノ湖ではラジコンボートでの12km縦断レース、後に琵琶湖でも10kmの長距離レースなどモーターボートを使ったチャレンジや、レースが開催されるなど活発な活動が目立ちます。 また、エンジンを搭載したジープのラジコンカーが登場。遠心クラッチ、デファレンシャルギヤ、水冷エンジンにラジエターを装備した本格的な構造でした。

そして小川精機では実車でも話題になったロータリーエンジンの試作開発に成功。 まさに日本の高度成長期を象徴する勢いでラジコンの進歩が一気に加速します。

1970年代

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  • 1970年(昭和45年)西ドイツからRCヘリコプターのお披露目フライトに来日。30分間のフライトで旋回飛行に成功。
  • 京商が初の国産RCカー「ダッシュ1」をリリース
  • 1971年(昭和46年)国産の自作RCヘリコプターが浮上・旋回飛行に成功。1/12スケールの電動カーが発売された。第1回日米親善RCカーレースが立川基地で開催。
  • 京商が現在のホイラー型の原型となるプロポをリリース
  • 1972年(昭和47年)1/8スケールのエンジンオフロードカー発売。2輪走行可能なエンジンRCバイクも発売された。マブチモーターの馬淵社長が電動のRC飛行機のフライトに成功。
  • 1973年(昭和48年)FAI・第8回F3C RC飛行機の世界選手権 吉岡嗣貴氏が優勝。チーム優勝も獲得。4輪独立サスペンションのエンジンカー発売。 
  • 1974年(昭和49年)オフロードRCカーの第一次ブーム。RCヘリコプターではジャイロが採用された。タミヤ初の電動RCモデル シャーマンM4タンク登場
  • 1975年(昭和50年)ラジコンの電波システムで、AMからFM変調方式となった製品がロジテックから発売された。
  • 1976年(昭和51年)飛行機用10cc 4サイクルエンジンがお披露目。1/12スケールのエンジンカーが登場。タミヤ初の電動RCカー ポルシェ934RSRターボ発売。初年度に10万台の大ヒットとなる
  • 1977年(昭和52年)小川精機から水平対向4サイクルエンジンが登場。ニッケルカドミウム電池が登場し電動カーの性能が飛躍的にアップ。
  • 1978年(昭和53年)3月 月刊ラジコンマガジン創刊  フジミ、ニチモなどプラモデルメーカー各社より続々とRCカーが発売。タミヤがブラックカウンタック、京商がサーキットバギーを発売。
  • 相模湖ピクニックランド(現 相模湖リゾート・プレジャー・フォレスト)に日本初の本格的なサーキット誕生。
  • 月刊『ラジコンマガジン』創刊
  • 1979年(昭和54年)京商 2輪走行が可能なラジコンオートバイ”エレックライダー発売” 1/8エンジンカーの世界戦権で日本選手が初参戦 4.5位に入賞。小川精機 20cc 4サイクル水平対向2気筒エンジン発売。
  • 近藤科学が世界初のFET素子を採用した電動スピードコントローラーを開発

横堀模型(現 ヨコモ)が、日本橋や池袋の三越に模型売り場を構えていました。 まだ百貨店で扱われる高価な商品で、飛行機やボートといったジャンルが主流でした。 昭和が後半に差し掛かってもその傾向は続き、まだ一般的なホビーにはほど遠かったと思います。

しかし、1976年にプラスチックモデルメーカーのタミヤが、乾電池で動く1/10サイズのラジコンカー“ポルシェ934”を発売。 当時としては手軽に楽しめるパッケージと、スーパーカーブームの波に乗り爆発的なブームが巻き起こります。 そしてプラモデルメーカー各社からもラジコンカーが登場しました。

さらに無線機器も安価で高性能な製品が市場に出回り、ラジコンカーは小学生から大人までポピュラーな存在となります。 お年玉を手に握り締めたくさんの子供たちが、近所の模型屋さんへ走る光景が昨日のことのように蘇ります。

そうした1978年3月にラジコンマガジン(現 RCmagazine)が産声を上げました。

この第一次ラジコンブームでは、品川・高輪プリンスホテルの駐車場でラジコンカーのレースが開催されるなど、よき時代の記憶が残っています。

そして、2輪走行を実現した京商のエレックライダーが登場し技術の進歩が伺えます。

また、1973年には飛行機の(スタント)曲技で、吉岡嗣貴氏が日本人初の世界チャンピオンを獲得し大きな話題となりました。

1980年代

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  • 1980年(昭和55年)兵庫県 に関西のRCカー専用サーキット 城山グリーンヒル・スピードウェイ完成。RCヘリコプターの背面飛行に成功。
  • 近藤科学が世界初のホイラー型プロポ、EX-1を開発
  • 1981年(昭和56年)電動・エンジンを問わずオフロードカーがブーム。アメリカ・インディアナポリスで1/8エンジンカーの世界選手権開催。日本は4WDを開発。
  • 1982年(昭和57年)エンジンを動力にしたオフロードカー、電動バギーに新製品が国内外から相次いで発売。
  • 1983年(昭和58年)新宿NSビルで1/12電動カー全日本選手権が開催される。1/8エンジンカーでは2段変速ミッション登場。
  • 1984年(昭和59年)1月ラジコン用周波数の割当40MHz(増波)認可。園田直 夫人 天光光女史の尽力。
  • タミヤより手軽な価格の電動バギー、グラスホッパー発売。小中学生に人気となる
  • 10月よりTV東京系で「タミヤRCカーグランプリ」の放送始まる
  • 1985年(昭和60年)1月ラジコン用電波管理の自主団体として 日本ラジコン電波安全協会設立。第5回1/8レーシング世界選手権が、東京ディズニーランド特設駐車場で開催。17歳の日本人 高麗選手が2位。
  • タミヤより初の電動4WDバギー ホットショット発売。第一次電動オフロードブーム到来
  • 1986年(昭和61年)タミヤから24分の1サイズのタムテックギヤ発売。またタミヤRCカー10周年記念モデルとして、カーデザイナー由良拓也氏によるビッグウイッグ登場
  • 1987年(昭和62年)イギリスで開催された電動バギー世界選手権 4WDクラスで広坂正美選手が日本人初のチャンピオン。京商サーキット設立
  • タミヤよりロータス99T登場。中嶋悟選手のF-1参戦によるブームが波及し、RCでもF-1ブームが起こる。ホンダ青山ビルでのレースが人気
  • 1988年(昭和63年)操縦システムのコンピュータ化が幕開け。産業用ラジコンヘリコプターをヤマハが開発。
  • オランダでの電動12分の1オンロード世界選手権で、広坂選手が初の優勝。オン、オフ両方を制覇した初の選手となる
  • 近藤科学が世界初のFETサーボ発売
  • 1989年(平成元年)キーエンスから2個のジャイロを搭載した室内モデル。ジャイロソーサー(ドローンの原型)が発売。
  • オーストラリアでの電動オフロード世界選手権で、広坂選手が史上初の2WD,4WD両クラス制覇
  • 10分の1電動オンロードがアメリカを中心にブーム。日本国内でもオーバルレースが盛んになる
  • よみうりランドで電動オフロード全日本選手権開催。翌年まで会場となる

全国各地にラジコンカーのサーキットが出現し、電動カーとエンジンカーの開発が一気に加速しました。

その象徴ともいえるシーンは、81年にインディアナポリスで開催された1/8エンジンカーの世界選手権だと思います。 アメリカやヨーロッパ勢が、4輪独立式サスペンション装備のマシンで参戦したのに対し、日本勢は4WD方式のマシンで挑みます。 結果はアメリカ勢に破れ3位でしたが、この大会以降のRCカーは4輪独立式サスペンション+4WDがスタンダードとなります。 その4WDに基本システムは日本独自で開発され、現在でも変わりなく使われる完成度の高いものです。

そして4年後には東京ディズニーランド特設駐車場で、1/8エンジンカー世界選手権が開催されます。 当時17歳の高麗淳一選手が、京商製のマシンでトップを快走するも給油後にエンストして2位でした。

このほか、タミヤの電動オフロードカーが ‘違いの分かる男’。 由良拓也氏デザインによりビッグウイッグとして発売され話題となります。

さらに、中島悟選手がF1に参戦したことでラジコンカーにもF1ブームが到来。 そして、イギリスで開催された電動オフロード世界選手権で広坂正美選手が優勝。

あと、忘れてはならないのがキーエンス(現 アキュバンス)から発売されたジャイロソーサーは、現在のドローンの原点ともいうべき先進性の表れともいえます。

1990年代

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  • 1990年(平成2年)タイのバンコックで開催された第3回1/8エンジンバギー世界選手権で真田幸治選手が優勝。2位愛沢隆志、3位金井祐一
  • タミヤCカー登場でRCでも耐久レースが人気。
  • 1991年(平成3年)1/10電動バギー世界選手権がアメリカで開催。広坂正美選手が2WDで優勝。国内では自作FFバギーが話題。JRより世界初のカー用コンピュータプロポR-756登場
  • ラジコンマガジン4月号よりA4変型にリニューアル。F-1でタミヤがロータス、京商がブラバムをスポンサード。トミーのRCロボット登場
  • 京商の1GP-10とタミヤのTA-01登場。復活した日産スカイラインGT-Rがモデル化されたことが引き金となり、一大ツーリングブームが起こる
  • 1992年(平成4年)RC飛行機でターボジェットエンジンが登場。ドイツで開催された第4回1/8バギー世界選手権で峠国士選手がチャンピオン。
  • 京商のRCバイク、ハングオンレーサー登場。コーナーリングに合わせてライダーが動くギミックで人気となる。渋谷東急の屋上にトップサーキットOPEN
  • 1993年(平成5年)イギリスで開催された1/10電動バギー世界選手権 4WDクラスで広坂正美選手が優勝。マルイよりRCゴジラ誕生
  • ヨコモの電動ツーリング、YR-4、タミヤのFFモデル、FF-01登場。ツーリングレースが人気に。タミヤ初のGPモデル、TR-15T登場
  • 27MHz帯のナローバンド化で、地上波では17台同時走行が可能となる。空域用72MHZ帯も10波が認可
  • 1994年(平成6年)第1回電動ツーリング全日本選手権開催。無限が10分の1GPのK2-X、タミヤがイタリアBMT製GPレーシングカーの国内販売を開始
  • ドイツでの10分の1電動レーシング世界選手権で広坂選手がYRX10で優勝。電動オンロードで初の日本製マシン優勝となる
  • 社会人チームを対象とした耐久レース「KYOSHO CUP」がスタート
  • 1995年(平成7年)2月 産業用ラジコン専用周波数割当73MHz。日本初のRC模型飛行機世界選手権が岡山・笠岡農道離着陸場で開催。双葉電子工業の成家儀一選手が優勝。タミヤからはMサイズのシャシーがミニクーパーボディで発売。爆発的人気に!
  • 第6回電動オフロード世界選手権が日本で開催。2WDはMフランシス、4WDはMパビディスが制す。第一回電動ツーリング全日本は原選手が優勝。24時間RCレース開催
  • プロ野球選手、山本昌、山崎武司によるRCカーレース「山山杯」がミワホビーで開催。第10回まで続く
  • 1996年(平成8年)無限STINGデビューで8分の1GPオンロード人気上昇。京商がバック機構付きGPカー「フィールドバハビートル」発売
  • 1997年(平成9年)サンワM8、JR R-1登場でハイエンドプロポ時代到来
  • サーパントのMサルベン選手来日。サーパントGP人気高まる
  • 1998年(平成10年)OSよりカー用4サイクルエンジンFS26S-C登場。タミヤMシャーシの第2世代、M-03登場。
  • 1999年(平成11年)RCプロポを使ったバーチャル・シミュレーターが話題。京商のパームトップRC、MINI-Zレーサー登場

ラジコンカーの構造が飛躍的に進化した80年代から、90年に入るとシャシーは成熟された感があります。

電動・エンジンカー共に基本は4輪独立式サスペンション+4WDで、エンジンカーの場合はこれに2.3速の自動変速ミッションが搭載されるのがスタンダードとなりました。 そこでこの時代はボディ形状から生まれる空力特性が、ラジコンカーの走行性能を語る上で重要なファクターとなったのです。 シャシーの進歩と共にプロポ関係であるトランスミッター、レシーバー、サーボといったエレクトロニクス系がコンピュータ化されたのもこの年代です。

こうしてシャシーやコントロールシステムの高性能化が目覚しかったラジコンカーに、新たなフィーリングを求める動きが出てきたのもこの年代でした。

飛行機用にラインアップされていた4サイクルエンジンを搭載したRCカーが登場。 エンジンメーカーの小川精機からRCカー用にカムシャフトの形状変更、強化バルブスプリングを装備したカー専用4サイクルエンジンFS-26-Cが発売されました。 これまでの2サイクルエンジン主流の中では味わえなかった低速からの太いトルク特性と、マフラーから発せられる野太いサウンドは、これまでのRCカーとは違う独特の世界観が生まれました。

さらにエレクトロニクスの進化によって、バーチャルシュミレターが登場したのもこの世代です。

2000年代

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  • 2000年(平成12年)京商RCサーファー登場。谷田部アリーナで電動オンロード世界選手権開催。12分の1、10分の1を広坂選手、第1回ツーリングを原選手が制す
  • 金井祐一選手がアメリカでのGPオフロード世界選手権で優勝
  • 2001年(平成13年)大阪賢治選手がオーストラリアでのGPオンロード世界選手権で優勝。同クラスは日本人初
  • 市販の電動カー用ブラシレスモーター登場
  • 2002年(平成14年)タミヤRCカー初の世界王座に。電動オンロード世界選手権南アフリカ大会
  • 2003年(平成15年)タミヤからHムート氏デザインによる送信機EXPEC GT登場。JRよりシンセサイザー式送信機XS3登場
  • 2004年(平成16年)HPIサベージなど、GPモンスタートラックの人気高まる
  • ヨコモドリフトパッケージ発売。RCドリフトブーム始まる
  • 2005年(平成17年)リチウムポリマーバッテリーが登場。RCシーンの主役へと成長していく
  • 2006年(平成18年)4月号よりラジコンマガジン再び平綴に
  • 2007年(平成19年)ラジコン専用電波に2.4GHz帯が認可される 松崎選手が一里野で開催されたEPオフ世界戦2WDクラスで優勝
  • 2008年(平成20年)リチウム・フェライトバッテリー登場。タミヤの新たな基準バッテリーに
  • 原篤志選手がアメリカでのGPオフ世界選手権で優勝
  • 2009年(平成21年)タミヤのバギーチャンプが一部改良されて再販。復刻ブーム起こる

この年代は日本と海外で開催された世界選手権で日本の選手が数多く優勝しました。

谷田部アリーナで開催された12分の1電動レーシングクラスで、ヨコモ 広坂正美選手、10分の1電動ツーリングクラスではヨコモ 原篤志選手。 また、アメリカのラスベガスで開催された8分の1オフロードカーは京商 金井祐一選手が世界の頂点に輝きました。 さらに2001年にはオーストラリアで開催された8分の1レーシングカーの世界選手権は、無限精機 大阪賢治選手。 2007年には一里野で行われたEPオフロードカー世界選手権2WDクラスで松崎隼人選手。 2008年には8分の1エンジンオフロードカーで原篤志選手と、世界選手権での日本選手の活躍が目立ちました。

ハード面では、電動カーの分野ではパワーソースに大きな変革が起きました。 モーターはブラシタイプからブラシレス。 バッテリーはニッケル水素からリチウムポリマーやリチウムフェライトへ以降し、モーターを制御するコントローラーや、バッテリーを充電するチャージャーなどが目覚しく進化を遂げ、パワー戦争によるスピードアップに拍車がかかりました。 プロポもこれまで使用されていた周波数の27MHz、40MHz、72MHzに加え、Wi-Fiなどで使用される2.4GHz帯の周波数モデルが登場。

また、日本からドリフトRCカーのジャンルが誕生しました。

2010年代

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  • 2011年(平成23年)関東RCのメッカ、谷田部アリーナがリニューアル
  • 2012年(平成24年)近藤科学よりユニット分解が可能な新型ホイラープロポ、EX-1登場
  • 松倉選手がEPオン世界戦12分の1クラスで3連覇達成
  • 2013年(平成25年)佐橋忠彦選手がGPオン世界選手権で優勝
  • 2014年(平成26年)京商ビンテージシリーズ第一弾として「スコーピオン」が復刻
  • 松倉選手がEPオン世界戦ツーリングクラスで優勝
  • 2015年(平成27年)谷田部アリーナでEPオフ世界戦が2度目の開催。世界初の人工芝での大会となり、2WDクラスはSリプキン、4WDクラスはBコエーリョが制す
  • 2016年(平成28年)タミヤ掛川サーキットがリニューアル。全天候型となる FPVの話題高まる ドローン人気絶頂
  • 2017年(平成29年)ラジコンマガジン通巻500号。

ラジオコントロールに、2.4GHzの周波数帯が日本で採用されたのが2008年。

それ以降、急速な勢いで2.4GHzのシステムはシェアを伸ばし、現在は大多数がこの通信システムを使用しています。 パソコンの周辺機器であるWi-Fiなどで使われているように、情報伝達量の多さを生かし双方向通信システムも実現。

これらのユニットはエレクトロニクスの進歩により、テレメトリーシステムとしても製品化され、なかでもGPS、加速度、温度、気圧、回転といった各種センサーの小型化が進んだこともあり、飛行機や車のシャシーへ搭載することが可能です。

そこで速度、各種温度、飛行高度&距離に加えエンジンやモーターの回転数などの計測が行えるようになりました。 もちろん測定されたデーターはパソコンやスマホに保存できます。 さらに、グーグルマップなどアプリケーションを使うと、走・飛行履歴が表示可能です。

現在、急速に高まっているドローンの市場と可能性ですが、未来を見据えた製品開発が盛んに行われています。 また、GPSを活用したプログラミングフライトでは、危険地域への調査や撮影、テレビ番組のなどにも盛んに活用されるようになっています。

ラジコンカーとして構造上は成熟化されているため、今後はエレクトロニクスを駆使したマシンシステムの登場に期待です。 なりは小さいですがハイテクと夢の塊で進化が楽しみです。