青春フォトストーリー
私のアルバムから<3>
別冊モーターサイクリスト
※1997年11月号に掲載された記事の転載です。

回転数の針が痙攣
長野県小県郡
腰田修二(42歳)


 アルバムを引っ張り出して見ていたら、セピア色になっていますが、いい写真がありました。16歳のときに、友達と近くの町や村を流しに行く途中のもので、右側が私です。当時「不良番長」という映画があり、梅宮辰夫さんがCB750ですごく格好よく、 それを真似るために国鉄の帽子を将校帽に見立ててかぶっていました(ヘルメットは かぶらなくてもよかった)。
 台のXS1の後ろはDT1です。私のXS1は昭和46年に中古 で22万円でした。キックのときによくケッチンはくるし、バックミラーは振動で役に 立ちませんでしたがトルクと加速はすごいものがあり、1速で思い切り引っ張ると電 柱2本目で100km/h出ましたが、タコメーターの針は振り切れて痙攣していたことを今でもよく覚えています。
  現在CB750とCL72をレストアしていますが、部品がなくて苦労しています。

ライラックで入賞
福島県伊達郡
菅野利勝(62歳)

昭和33年6月8日、第2回安全運転競技会、入賞時のスナップ。飛行帽にゴム長の勇姿
33年型ホンダドリームMF350に跨る兄。場所は30年代の東京・神田錦町

 昭和32年9月30日にライラック250SYで軽免許を取り、1年しないうちに安全運転競 技会で3位に入賞しました('58年型ライラックFY5)。現在もバイク趣味は続いており、 db2、ドカのMHR、マーニなどを乗り回しています。

四国一周出発前
静岡県浜根郡 尾崎浩司 (53歳)

 毎月、父子ともども楽しく読んでいます。
 今回、昔の父の写真を送ります。「もう忘れちゃったなー。ま、適当に書いてくれ」 とのことなので詳細は不明なのですが、わかる範囲で、簡単に記します。
 1967(昭和42)年7月13日~7月23日までの11日間、四国一周ツーリングを前に、会社 の仲間5人と自宅裏で撮った記念写真です(右から2人目、ヤマハYD3が父・23歳)。  バイクには会社のマークが入り、「四・国・一・周・FROM静岡・浜松」の旗を付け、 荷台上の段ボール箱には鍋や食料品を詰め、濡れないようにビニールシートなどでカ バーをしたそうです。

 当時の四国は未舗装路が多く、手ぬぐいをマスクにして、ほこりまみれになって走っ たそうです。お金がなくてタイヤ交換ができずに行ったら、道中3回もパンク修理を したそうです。桂浜でテントを張らずに寝たら蚊の大群に襲撃され、暑いなか寝袋に 入って、寝苦しい一夜を過ごしたとのことです。
 これ以外にもツーリングが充実していたのであろうと思われる写真があり、今、娘 の私が見てもいいなァと、うらやましく思います。
 父は今も、オートバイをこよなく愛する(?)現役ライダーです。そして、娘と息子 が確実にその血を受け継いでいます。
 これからも楽しい誌面作りを期待しています。頑張ってください。
(娘・代)

羨ましかったジェット
埼玉県大宮市 斎藤 孝 (66歳)

 昭和35年、第3回全日本モーターサイクルクラブマンレース(栃木県・宇都宮)を見 に行ったときのネガです。伊藤史朗も走っていましたが、なんといっても羨ましかっ たのは、外人選手のかぶっていたジェット型ヘルメットでした──という便りと、そ のネガケースのなかにあった、風切りにSAITOとある1954年型ライラック125cc。横浜 大桟橋で。

思い出の2台
京都市伏見区 浅田喜弘 (62歳)

ROYAL VICTOR.年式不明(昭和30年ころ中古車で購入)排気量148cc、手動2段変速。 一見して陸王RQ風のスタイル。性能は低レベルで、故障続出でした ホンダドリームCP77 Type1.1964年式、排気量305cc。1964年8月の鈴鹿18時間耐久 レースに出場したときのバイクです。クラスは251cc以上で周回数257(ライダーは3人)。平均時速85.511km/hで4位。完走はトップの周回数の60%以上でした

友人のバイクで
大阪府羽曳野市 土井俊彦 (43歳)

バイクに跨っているのは父です。バイクは友人のものだそうで、このトヨモーター は、「国産モーターサイクル戦後史」〈'88年、八重洲出版刊〉には載ってないもの と思います