青春フォトストーリー
私のアルバムから<>
別冊モーターサイクリスト
1998年5月号に掲載された記事の転載です。

父の勇姿と4歳の私
東京都青梅市勝沼 小島久夫 (40歳)病院事務

 父(康次)がバイク好きだったために、小さいころからよく一緒に乗せられました。父はその後ブルーバードに乗り替えましたが、三つ子の魂百までも……で、私のバイク歴は四半世紀になろうとしています。

バイクに乗りたい一心で必死にアルバイトをし、青梅トーハツ販売店(青梅市西分町)から5万5,000円で買ったクルマにまたがり、鼻高々の26歳の父。青梅市二俣尾の叔母の家の前で昭和29年2月に撮影



父の実家(青梅市梅郷)へ、新年のあいさつにお供したとき(4歳)のもの。昭和36年元旦。このトーハツはブルーバードを買うときに、下取りに出された
■一貫して2サイクルを送り出していた東京発動機=トーハツは、'50年代にはポピュラーな存在だった。父君が乗っているのは、'53年型PK53のようで、そうだとすると、98ccエンジンの最高出力は4ps/5,000rpm。最高時速は70km。な~んだ、大したことがないと思ってはいけない、45年前の国産車は、最高時速が100kmを超えるものはなかったのである。
 久夫さんの左側は'58年のアローLA型か? '57年に神社仏閣型スタイルのホンダドリームC70が発表されて大ヒットし、多くのメーカーがプレスバックボーンフレームにボトムリンクフォークのC70の車体を模した。'50年代中期にはホンダと拮抗する生産台数を誇ったトーハツも、後期になると衰退し、'64年2月に惜しまれながら倒産した。
(編集部・アルバム係)

働いていた店で買ったW
神奈川県綾瀬市蓼川 広庭茂樹 (45歳)クレーンオペレータ

 W1メインのクラブを作り、日曜ごとにツーリングをし、バイクだけが生き甲斐でした。英車が欲しかったのですが高価で、W1台とW1S2台の計3台乗りましたが、W1はヘッドライトが暗く、CB72のものに替えました。バイクに乗り出してはや30年、現在は英車のレストアを楽しんでいます。


働いていたバイク屋から、20万か25万円で買った'69年型W1Sにまたがる19歳の私。自宅前で。クラブのツーリングに出発するところだと思います。撮影は'70年ころ。このW1Sは別冊のショーウインドーですぐに売れましたし、その後もH・D、BSA、トライアンフ、CB72など5、6台売りました
■'70年前後は、ハーフ型ヘルメット、寒さよけの革製マスクは一般的だった。メットの樹脂製つばは、モトクロスライダーが、前車からの飛散物よけにベルトでメットに取り付けていたヨーロッパからの輸入物だ。
(編集部・アルバム係)

白く塗った我がCL72
山口県小野田市日の出 寺岡靖博 (46歳)会社員

 近所の河口自転車店で、昭和43年10月に買った初めてのバイク=ホンダCL72タイプ1です。値段は中古で10万円でしたが、アルバイトで毎月1万円×10回を払った思い出深いバイクでした。その後東京に就職が決まったので、友達に安く譲りました。

 

カラー写真(この写真)は、CL72の購入記念に近所の公園で、43年冬に撮影したものです
白バイが格好よく見えたのでCLを白く塗り、前後にバンパーを付けて雰囲気を出し、梅宮辰夫(映画:不良番長)シーンにあこがれて、アメリカンポリス帽子でツーリングしていた17歳当時。昭和44年秋、市内の海の堤防で撮影

 

 

■CL72は'60年に発売されたドリームスーパースポーツCB72のエンジンを流用したモデル。CBの流麗なデザインに対し、荒々しいスタイルのCLは、一段と大きくされた減速比で、ワイルドなフィーリングを特徴にした。'62年発売、価格18万9,000円。
(編集部・アルバム係)

クルーザーの思い出
千葉県旭市川口 高橋喜久男 (61歳)会社員

 モーターサイクル歴40年になりますが、いつも楽しみに15日を待っています。特に「我ら、10万Kmクラブ」、「愛車整備のウソ・ホント」、「なんでも探偵団」などは一番先に読みます。今回は、若いときに勤めていた昌和クルーザーの特約店・千潟商会時代の写真を送ります。


この写真は忘れられません。修理中の昌和クルーザーSC55です。販売店主催の遠乗り会で旭(千葉)~日光(栃木)へ行ったとき、杉並木で修理しているときのものです。当時、プラグに火が飛ばなくなるのは珍しくなく、これもマグネトーカバーを外してポイントを調整しましたが、点火コイルがだめでした。いまなら日帰りコースの日光へ、当時は1泊で出かけたました。SC55はサイドバルブ250ccの3段変速で、エンジン音が静かで燃費のよい車でした。アールズフォークにスイングアームでクッションはよかったのですが、砂利道での安定性はパッとしませんでした

昌和クルーザーSC57 250cc 昭和32年ころだと思います。お客様に納車する前に撮った1枚です。21歳で千潟商会に勤めていたころです。新車価格は16万4,000円でした