青春フォトストーリー
私のアルバムから<16>
別冊モーターサイクリスト
※1998年12月号に掲載された記事の転載です。

本当に走ってきたのだろうか?
香川県香川郡香川町浅野 人見和郎 (65歳)自営業


このバイクで、本当に叔父は走ってきたのだろうか?

 

 叔父が乗ってきたとき、凄いバイクだと思い、昭和22年にまたがって撮ったものですが、これで動いてきたのか? と今見ると感心するばかりです。でもこのときの感激からドリーム150→CB72→シルバーピジョン→GL500→1500などに乗り継ぎ、現在では四国はほとんど走り、山梨、山口、島根、鳥取県などに足を伸ばしています。

息子とのツーリングが楽しみ
神奈川県相模原市横山 石川泰寛 (42歳)会社員

 メットが乗っているCB750フォアは兄の車で、サイドバッグに青色灯という典型的なポリスかぶれだったのですが、自分のバイクがなかったので、嫌々借りて乗っていましたが、間もなく右折車に当てられて兄の車は全損。その後私はK0を安く手に入れ、段付きホワイトシートに絞りアップハンドルにして、高校の仲間と走り回っていた当時、姉が初めての子供と実家にきたときのものです。


私の愛車、CB750Four K0と姉親子


兄の悪趣味なポリスかぶれのナナハン

18歳の夏・北海道へ
三重県鈴鹿市上田町 藤田 薫 (47歳)切りバラ栽培

 高校2年生のときに免許を取り、日曜日になると母に弁当を作ってもらい、CS90の友人とよく一緒に日帰りツーリングへ行きました。当時ヘルメットはいらなくて、学帽をかぶっていました。ガソリンはリッター40円くらい、300円もあれば十分に楽しめました。YDT-1は北海道へ行くために2万円で買って無事、15日間≒4,500kmを走りましたが、このときにひとりで北海道へ行ったことが、のちのち大きな自信になりました。現在はショーウインドーで手に入れた'82年式のBMW R80、RZ250、ハンターカブなどに乗っています。18歳の息子が大型自動2輪の免許を取りに行っていて、親子でのツーリングを楽しみにしています。

昭和43年6月。宮川ダム。高3、18歳


YDT-1と洞爺湖湖畔で。昭和44年8月15日撮影

座布団を敷いて妻とツーリング
福岡県粕屋郡須恵町新原 片井光雄 (68歳)会社員

 昭和37年に若戸大橋(福岡県若松区~戸畑区)が完成し、博覧会見物に行ったときのスナップです。当時は実用車が多く、妻もトーハツアローツインの荷台に結わえ付けた座布団に座って同行しました。アローは走行2,500kmのときに、福岡市でシリンダーをボーリングしたことを覚えています。ヤマハYA5は、昭和40年前後の写真で、後方は炭坑のボタ山です。ヤマハ初のロータリーバルブ車YA5は、博多の薬品会社への通勤に使っていました。ヤマハが好きで、今日ではSRV、ジール、SR、FZ400(通勤80%、ツーリング20%)などを愛用しています。

昭和38年7月に購入したYA5と私

若松高塔山公園で友人のトーハツランペット'58年型と、その後方がアロー、33歳の私と家内。昭和39年