青春フォトストーリー
私のアルバムから<28>
別冊モーターサイクリスト
※1999年12月号に掲載された記事の転載です。

兄弟でちょい乗りへ
東京都八王子市犬目町 岸野 武(59歳) 自営業

自宅から大垂水峠までは、道の悪かった当時でも1時間弱で行け、ちょい乗りには適当な距離でした。このときも2歳年長の兄と交互に乗りなっがら、この2台で出かけました。

メッサーシュミットKR200と兄。メッサーは東京・新橋にあった芙蓉貿易で購入。この後友人に譲渡。'61年1月多摩丘陵で撮影

 

八王子の木崎モータース(現在はない)から買ったコレダ250 TM2と20歳の私。コレダは次期MCの購入時に下取りに出した

 

■Masser Schmitt KR200は、パイプフレームの車体に191cc、10psの空冷単気筒2サイクルザックスエンジンをリアに搭載した3輪車。ミッションは前進4段。バックは、イグニッションスイッチでエンジンを逆回転させ、前身4段をそのまま後退に使用する簡便なメカ。タンデムのふたり乗りで、車重230Kgで最高時速90Km。生産台数は'55年=11,909台 56年=7,500台。
ほぼ同型で、ザックス製空冷2サイクルツインの400ccを積んだ4輪のTiger400もあった。タイヤ4.40-10"、軸距1,885㎜、車重300Kg、乗車定員4名が芙蓉貿易の手で当時輸入されていた。
(アルバム係)

18歳当時
新潟県三条市大島
渡辺武雄
(56歳)
会社員
現在はカワサキバルカン1500と、ヤマハロイヤルスター1300に乗っていますが、写真は昭和38年5月のものです。

友人と花見に行った昭和38年5月、18歳の私とヤマハ125cc

 


ファーストバイク
埼玉県大宮市三橋
鈴木正人(44歳) 会社員
絵を描いたり、プラモデルを作っていた私がMCに目覚めたのは中学3年のとき。偶然立ち寄った本屋で手にしたのがMC誌の'69年7月号。クラッチがなんなのかもわからず、何度も読み直した。高校入学と同時に、MC購入の話を両親にすると、「自分で買うのなら、何に乗っても構わない」とのこと、さっそく新聞配達ともうひとつのバイトをかけ持ちし、もう少し、というときにお袋が黙って2万円をくれて手に入れたのが、7万5000円のこのハスラーだった。あれから30年、高校生の長男があのころの私と同じ年齢になったが、バイクにはまったく興味なし。だが、私のバイク仲間は当時から皆元気で、今はハーレー乗りになっている('69年7月号のMC誌はボロボロになっているが、今も大事に持っている)。

16歳の私と'71年型ハスラー50。日曜ごとに、普通免許を取ったばかりの姉と、小学校3年生だった弟の3人で、近所を走り回っていた。右端は姉の車。昭和46年12月、荒川の土手で撮影。1年後に姉とともに自動2輪免許を取り、ハスラー250Ⅲ型を購入し、そのときハスラー50は下取りに出した


開聞岳を望む
兵庫県揖保郡御津町黒崎 中西保之(46歳) 会社員
九州へは5回、その都度違うMCで行っていますが、それらの車は1台も持っていません。寂しい限りです。多くの読者に本を喜んでもらえる内容にするのは大変だと思いますが、単車名門誌として頑張ってください。

MCの先輩から譲り受けた'68ノートンP11A。開聞岳有料道路(鹿児島)で'72年8月撮影。ノートンは3年くらい乗ってMC誌の売買案内欄を利用して、大阪の人に売却。アールズフォークのBMWで引き取りにきました

 


格好をつけたら転倒
滋賀県栗太郡栗東町下鈎
古川 弘(56歳) 会社員
カーブで格好をつけたら、砂利道だったのでそのままスッテン! 横座りで後ろに乗っていた彼女にも幸い怪我はなく、奈良へのドライブから無事に帰ってきました。当時はノーヘルでよく、サンダル履きでした。

京都ホンダ(当時は、五条道り壬生川西にあった)から新車で買ったCB72。後方は大仏さん。23~24歳当時