<モーターサイクリスト2008年1月号より>

旅立ち

2007年の春。インドでの仕事を終え、成田空港から自宅に戻るリムジンバスのなか、無性に日本人と話がしたくなった。
バスを降り、顔馴染みである菓子卸の店に寄った。インドの子供から押し売りされた人形を土産だと渡して座り込む。緑茶をご馳走になる。うまい。
「不二家、大変だったんだぞ」と菓子屋の男は言いながら、返品のタイミングを逃した「ミルキー」や「カントリーマァム」を数袋抱えてやってきた。「好きなだけ食べていい」と言ってくれる。ふたりで菓子袋を空にしていく。

「インドで何やってたの?」
菓子屋が聞いてきた。

私は当時、某ファミリーレストランのカレーフェアで使う素材を探しに、インドをまわっていた。ここ数年は食品関係の仕事で、日本とアジア各地を行ったり来たりしている。
人間は食わなきゃ生きてけない。しかし、食品業界では不祥事が激増し、マスコミをにぎわせている。安全を確保し、賞味期限もしっかり守って、トドメに「値引き!」では、薬漬けか偽装でもしなけりゃ無理ということか。

それから数カ月。夏になり、私の名前と顔写真が付いた茶飲料が全国のコンビニエンスストアで発売された。ぜいたくな材料を使ったら、販売価格は普及品の五割増。それでもなんとか予定数量を売り切り、終売を迎えた。しかし、そのあとだ。販売終了と同時に、心のなかの何か切れてしまった。
たまたま日帰りツーリングで訪れた茨城。緑が揺れる田んぼを見ていた。風に吹かれながら、見上げた空。流れる雲に、ある思いがあふれてくる。
売れればいいという商業ベースに乗せられて、「食のプロ」だなんて顔と名前までパッケージにプリントされ、持ち上げられてたことが、猛烈に恥ずかしくなってきた。自分を支えていたもろい壁がボロボロと崩れ落ちる。

最近、旅をしていても、どうしても仕事のことが頭を離れなかった。「地域の特性」や「気候」さえ、重要なマーケティングの要素でしかない。すべては金のため。しかし、そんな日々に身を任せているうちに、大切なことを忘れてしまってはいなかったか?


日本人なのに、色眼鏡で見てしまっていた日本。「フジヤマ・ゲイシャ」を笑えない。

田んぼに夕暮れが迫る。

過去の遺産だと忘れられた「日本の原点」が見たい。知りたい。
でも、どうやって見つける? どうやって出会う?

私の得意分野は「食」である。仕事で培った知識と経験には自負がある。それならば、「食」を通じて「日本」を見直してみよう。

女房には4年前に逃げられた。仕事は大きなプロジェクトを終えたばかり。今なら時間はある。1年かけてゆっくり走れる。全国47都道府県をまわり、日本のすべてを見てみたい。しかも、日本の源流に近い場所、ディープな日本が知りたい。だから、いわゆる「過疎地」と呼ばれる場所を巡ることにした。そこには、都会では置き去りにされてしまった何かが待っているはずだから。

日本一周への決意が、悔しさに似た感情を連れて固まってくる。

そして、私は走りはじめた。

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