ネパールでは停電が日常茶飯事。(電気あるときに急いでブログ書き・・・)。シャワーはソーラーパワーなので昼過ぎにならないと湯が出ない。この宿は隣の建物の影になるので充電がうまくいかないらしい。
運が悪いと水も出ず、実は4日間シャワーにありつけておりましぇ〜ん。タイミングが大切です\(◎o◎)/明日こそは・・・。
したいときにシャワーができる日本。ありがたい事です(~o~)
☆46日目
アウトドアメーカーのコピー商品がやたら出回っている。大人も幼児も爺さんまでもが『THE NORTH FACE』を着ている。ミシン一台でロゴ入れする技は実にお見事。(・。・)じーーっと見てると私のジャケットのロゴを指差し、「これは日本で流行ってるのか?」「いいメーカーなのか?」と。「うん。『mont・bell』は信用できる一流品。でもロゴコピーはだめよ!」
写真=コピー禁止!CをKに変え『THE NORTH FA“K”E』ってのはどう?(~o~)
☆45日目
ダムサイドからレイクサイドに宿を移動。ベッドから山々が望め、100mで湖畔に出られる。
日本語サインが目立つが、最近は韓国人バックパッカーの方が多い。中国人や台湾人もちらほら。
歩いていると客引きに「アンニョンハセヨ、ニーハオ、コンニチワ!」。そりゃ、どれかは当たるでしょ〜(~o~)。
ネパール人にネパール人と間違われたり、チベット人扱いされたり、日本人には「日本語、上手ですねえ」と驚かれた。 (^_^;)←大阪人です
写真=ダムサイトの食堂「あにーる・もも」
☆44日目
宿のご主人に治安を聞く。
「心配はないです。マオイストのターゲットは政府だけですから」。
レストランのオーナーにも聞いた。
「大丈夫。ここは安全」。
ポカラに来て爆弾音を3回も聞いてるのに顔見知りになった青年も同じ事を言う。
「問題はない!」と。
毎日、日本人ツアーの団体がこの町に押し寄せる。韓国人や中国人ツアー客も多いし、欧米旅行者の姿もある。
「日本で地震被災地にいるより命は安全です」。日本語ペラペーラのネパール人男性に言われた。なぜだか、妙に納得してしまいました。けど・・・。
☆43日目
昨日はバンダ(=ゼネスト)。店は閉まり、車は走らず、夜はどこかで爆発音(~_~;)。
私たちも宿に閉じこもり10日分の大洗濯(もちろん手洗い)と日記書きをしていました。
今日は平常通りです。
☆42日目
アンナプルナ、マチャプチャレ、ラムジュン・ヒマール。標高7千〜8千m級の雪山帽子が宿の部屋から見えまする〜。
あ〜ん、なんて幸せ(*^。^*) がんばって走ってきたごほうびでやんすね♪
☆41日
走り出して2時間ちょい。峠の途中で何十台ものトラックが止まっていた。
(いや〜な予感・・・)
「どないしたんですかー?」
「路上に爆弾がしかけられてるんだ」。
「な、なんですって? 爆弾?」
「3日前から交通停滞さ(‐‐;)」。
自転車は隙間をぬって通過が可能だったが、路上に爆弾らしき物(!?)が堂々と・・・(~_~;)
マオイストの嫌がらせ。夕方、ポカラに無事到着した。
写真=村はこんなにのどかなのになあ〜
☆旅40日目
バラナシで会った旅人、赤津孝博さんと再会した。それも、こんなめっちゃ片田舎で。
私たちがバラナシを出たのが9日前。赤津さんは列車とバスを乗りつぎ2日前に出たという。
バスがた〜またま休憩したとこに、私たちがた〜またまランチを終えて出てきた。その瞬間に再会!! すっごいタイミング(*^。^*)
会う人には何度も会うんですね〜。ご縁。
写真=バラナシで一緒にプージャー見物
☆39日目
「心配ない!ツーリストには危害を及ぼさないから」。
ネパール人は皆、同じ事を言う。でも、ライフルを持った自衛隊と警官が町中をウヨウヨしている。守られてるというより「・・・」(−_?;)。
とにかく体はバテバテ。標高1350mのタンセンに連泊しエネルギーを充電することに。
午後、インフォメーションセンターへ。「バスの便が悪いので旅行者が少なく、昔ながらの良きネパールがここには残っています」とのこと。
地図と写真で町の歴史、観光地、物産品、施設案内、トレッキングルートや自分の家族構成、学歴、人生論まで説明してくれた。40分はしゃべってる。お兄さん、もしかしてヒマだったのかしら(^_^;)?
オフィスを出たあと「もう全部(写真で)見たんで観光はしなくていっか」とスティーブ(笑)。
でも、せっかくなので木彫のネワ?ル工芸技術が美しいナラヤン寺院に寄ってみる。
1806年創建。しかし、ほんま、ツーリスト見ないな〜(ToT)
写真=本日の新聞。「マオイスト17人を含む25人が紛争で死亡」(?_?;)
☆今回の旅38日目
40km弱の急坂がつづいた。上り。くったくた・・・(+_+)
途中、ブトワルの町で学生が集団暴動! 警官と衝突し沢山の野次馬(住民)が見守る中、石が飛びかい催涙弾が打ち込まれ国道はパニック封鎖。マジでヤバ!(~_~;)。
自転車のおじさんが裏道を教えてくれ町を抜けましたが2月8日の市選挙を前に国民はかなり動揺しています。不安・・・。
☆37日目
ブッダの生誕地、ルンビニを訪れた。どんなところ?ドキドキ・・・。木々に囲まれ、高い気に包まれ、神聖さが漂う。
大きな菩提樹の下で巡礼者が祈っていた。
私も手を合わせる。「ありがとうございます」。
以前ならわずかな賽銭でいくつものお願いをしてたのに、病気後はお寺や神社や教会で神様や仏様にも一切、お願い事をしなくなった。
「いま生きてる事に、ここに来させてもらえたことにありがとうございます」。不思議と感謝の言葉しか出てこない。
死が自然の一部であり、けっして恐怖ではない事を悟ってからは心は穏やか。満たされています。
☆36日目
今朝、よからぬニュースが飛び込んできた!<国境閉鎖の可能性あり〉〈電話線、使用
不可に〉。なんちゅうタイミング(‐‐;)ぐぐっ。16年前も閉鎖で入れなかった。
夕刻、国境に辿り着く。日本人ツアーの団体がバスでドヒャーと入ってきた。現地の人
に聞くと問題はないという。ということで世界一周79カ国目の国、ネパールに無事入
国することできました〜(^_^) (^v^)/~ ビザはイミグレで取得可。
写真=イミグレの係官さんたちと「ナマステー!」
☆旅35日目
向かい風がハード、ハード(`〜´)。マジでめげそうっす!こんなときは大好きなサザ
ンオールスターズの歌でエネルギー・アップ(^。^) ♪希望の轍♪C調♪YaYa♪奇
跡の地球♪ごめんよ僕が馬鹿だった♪う〜ん、次は次は♪♪♪・・・
インドも明日で終わりです。人も食べ物も治安も想像以上に良くって、生死の狭間で貴
重な勉強もさせてもらえて、コミカルな出来事が多くどれだけ笑わせてもらったことか
・・・。
インドは笑いジワの増えた国でした。また戻ってきます。ダンニャワード(ヒンディー
語でありがとう)(^_^)(^v^)/~
写真=すごい荷物!!\(◎o◎)/軽トラもまっ青です!!
☆34日目
8割回復。よし、行くか! 詳しい地図がなく国境までの距離がつかめない。わかってることは約80kmと120km地点に町があるということ。
この2週間、下痢続きでまともに食べてないけど、日本から持参したアミノ酸粉末飲料『ザ・ペプチドパウダー』で毎朝、大豆ペプチド、ビタミン、カルシウム、鉄分を補給。
これは尊敬するサイクリスト、三浦恭資さんのおすすめ。試すと違いがわかります。めちゃくちゃ助かりました(^_^)v
☆33日目
連泊・・・(-_-)zzz
☆32日目
『久美子の家』新館をあとにする。牛のビチ大糞(バクダンと呼んでいる!)を踏まぬよう大通りへ。向かうはブッダが初転法輪した四大仏跡のひとつ、サールナート。
緑に囲まれた町はバラナシとは別世界。日本寺に立ち寄る。現れた涅槃像がおっしゃった。
「体の声をきいておあげなさい」。(ほんまに〜?)。実は体調が悪いままの出発だった。
取材班のスケジュールに合わせて無理したけど、やっぱ限界。15kmしか走ってませんが、ごめんなさい。休みます(+_+)
☆旅に出て1カ月が経ちました
みんなが集まる茶屋『いもちゃん』(と日本語で書いてある)。『久美子の家』からガートを降りたすぐ右手にある。ここで河を眺めながらグラスに入ったチャイをチビチビいただく。
お散歩中の人間ウォッチング、地元少年のタコあげやクリケットをぼーっと見たり、ヘビ使いのおじさんが現れたり、日本人のたまり場でもある『いもちゃん』は情報交換の場でもある。
明日、この町をあとにする。『いもちゃん』でのチャイも最後かと思うとさ・び・し・い・な。ここで出会った旅人のみなさん、思いで多き良い旅を。また、どこか
でね〜(^_^)/~
☆30日がたちました
※次の更新はネパールのポカラから。うまくいけば1週間後?ではでは気合を入れ
て走ってきま〜す。マオイストが気になりますが、、、(ーー;)
今日はシヴァ神のお祭り。5時10分起床。夜明け前の舟に乗り、朝日と沐浴の取材に同行。
今生が来世につづくと信じられているヒンドゥー教の人々がインドのあちこちからバラナシに集まり、罪を清めるためにガンガーで沐浴をする。一心に祈る老若男女。
もの凄いエネルギーに恐怖さえ感じた。幼児を無理やり水中に漬け泣きじゃくる姿もある。水に触ってみたが冷た〜い!
3時間も見ていたら今度はこちらが寒気をもよおし熱でダウン。う〜腹痛も〜(>_<)
午前11時から翌朝9時まで昏睡。シヴァ神の祟りかしら?な〜んて・・・。いつになったら良くなるのかしら・・・?(15日昼に書く)
☆29日目
「あっ、自転車の人でしょ!(筑紫哲也の)『NEWS23』見ましたよ!ギャラを貰いながら旅ができて羨ましいですね〜」。
そんな風に受け止められてたんだ・・・(-_-;)
そういえば、よく聞かれる。「ギャラいくら?」って。
「ドキュメンタリーなのでギャラは一切でませんが、テレビを見てる人にメッセージがあれば是非、引き受けてください」とディレクターさんに説得され始まったこの取材。関西のニュース番組『VOICE』では5年もカメラが追いつづけ、8回の特集が組まれたけれどギャラも拘束代も一切発生していない。
〈余命半年。静かに最期を過ごしたい〉〈子宮癌と人前でいうのは女心が傷つくし、摘出したのもできれば誰にも知られたくないし・・・〉〈取材で体に無理がくる。死に急ぎたくない・・・〉色々なひっかかりがあったが最終的に引き受けた理由は、、
、全ての者に役目があるとしたら、これが私に与えられた役目だと感じたから。
自分の現状をさらけ出すことで苦しんでいる人たちに勇気をもらってもらえたら。当たり前の日々に感謝の心を気づいてもらえたら。それだけで大きな意味が生まれる。自分にできる今生への恩返しのような気がしたのだ。
実際には数百時間も拘束され、体力的にも思ったより大変。生活費が苦しい私たちにとっては、これが仕事として労働分の報酬をいただけたら医療費や旅費の足しにもなり助かるのだが、「それならドキュメンタリーではなく、バラエティー番組になってしまいますので」という返答。
だから、せめて見ている人たちには正しく伝わってほしい。私たちがなぜ、そこまでして頑張ってるのかという本当の気持ちを。今ある命を活かすために旅をしているということを。
☆≪復活旅!第2弾≫ 28日目。
下痢もほぼおさまり、熱も下がり、悪寒も消え疲労も徐々に回復。
その間、愛車がさらに物かけと化していました・・・
☆27日目
夕方、ガンジス河に面したガートでプージャー(礼拝)が行われると聞き、見に行った。
スポットライトの下、神歌にあわせ若い3人の礼拝僧が火の燈されたロウソクを振り、ベルを奏で踊っていた。清く、強く、美しい。これぞ神の使者?
辺りを見渡すと旅行者がわ〜んさか。すっかり観光化。
プージャーの前では現地少年が(なぜか魚)釣り。インド、おもしろ過ぎ!!
一番目を見張ったのは、礼拝僧達の足の裏があまりにもキレイだったこと。沐浴の際、ガートの石段で必死に擦っているのでは? 気になる白さやった、、、。
☆早、26日目
体調、少しづつ回復傾向。
質問!! 写真のこれは、「さて、なんでしょう??」
(^_^) (~o~) (>_<) (^<^) (^^♪ (- −;) (?_?)
答えは・・「ふんどし」でした。(盗み撮りしちゃってごめんなさい。はじめ、何かわからなかったので・・・)m(_ _)m
(*^。^*) へ〜、こんなのはいてるんだ〜♪(~o~)/ 市場にいくと花柄や派手なチェック柄もあるでやんす♪
☆25日目
体調を崩してからというもの、食欲がなく、すっかり栄養不足。気力が出ず、グッタリ〜(- −;)。こんなんじゃ自転車こがれへん・・・。
何か胃に入れなアカンと思いレストランへ。畳1枚ほどの簡素な台所でシェフがせっせと調理。注文して30分待ちなんてこの辺じゃあ当たり前。出てきたのは目を見張るようなゴージャス、ラッシー。ちょっと元気出てきました(~_~)
☆≪復活旅!第2弾≫ 24日目
写真=『ベンガリーレストラン』のバナナラッシー。18ルピー。通常の倍値だが日本円で50円ほど。
♪今日から、日本のテレビ取材が同行。といってもディレクターさんがカメラ担いで一人で来印。現地のガイドさんが通訳とアシスタントも勤め、20日まで4人の旅が始まりま〜す。
大友さんという65歳のサイクリストが『久美子ハウス』に到着した。
偶然にもJACCの仲間で、お会いするのは初めてだけど『サイクルスポーツ』の愛読者であり、私たちの旅の経歴やどこで出会った、いつ籍を入れたということまでよくよくご存知でビックリいたしました。
じっくりお話を聞くと今回はネパールから走ってきたとの事。すでにアフリカや中南米も走破していて、退職され、ご家族の応援の元、旅されてるとはいえ65歳でとはスゴイ! それも独りで!!
大友さんは私たちに「スゴイ」とおっしゃいますが、40年以上も会社員でしっかりお仕事をされ、家族を養い、65歳でインド。そっちの方がよっぽどスゴイです!!
この後、タージマハルからタール砂漠に向かうそう。お気をつけて☆ いい旅を祈っております。
☆23日目。
写真=後ろのメガネの方が大友さん
ノラ犬がいっぱいいる。あちこちにいる。観察してるとテリトリーがあり、親分もきまっている。日向ぼっこしてる子、必死にゴミをあさってる子、サル退治してる子や子供におもちゃにされてるのも(気の毒に・・・)。
毎日通る細道で、生まれたばかりの子犬たちがいる。最初、通ったときは目も開いてなかったのに日々成長。ある日、近くの店の人が栄養失調の母犬にミルクを買って与えていた。
旅行者には必死に売り込みにくるくせ、こんなに優しい一面も。これからは「ナマステー」と一言かけてみようかな。心が温まった日でした。
☆旅、22日目。バナーレスに11日目。
仕事場で何年も顔を合わせているのにあわない人もいれば、旅先で5分話しただけですっかり気があってしまうご縁もある。それが東京の郁子ちゃん。
宝塚の男役のようなスラーっとした美形。会った瞬間から話があい、話題は尽きることなく、冗談が飛び交いゲラゲラ笑った。
今日、郁子ちゃんが町を出る。短かったけど、深い出会いは別れがつらい。朝日の昇るガートを一緒にお散歩しました。
☆≪復活旅!第2弾≫ 3週間目。
写真=ガート沿いの巨大ラクシュミーの壁画と郁子ちゃん
今度はスティーブがダウン〜。 熱出してふ〜ふ〜いってます。
「バナーラシに来るとみんなダウンしちゃうんですよね〜」。長期滞在のNちゃんが教えてくれた。
そうか普通なんや。(なぜかホッ・・・)
☆旅に出て20日目。
写真=ガンガーに “沈” しそう・・・(゜o゜)
ちと熱あるけれど宿から歩いて7分、Bengali Tolaの『Jolly Music House』
でフルート・レッスンを再開♪
私の先生はフルート歴10年のShanish Kumar Gyawali先生20歳。
個人レッスンでしっかり教えてくれるので初心者の私にも安心。ヒマあれば吹いてるというフルート好きで、ニックネームは太陽の「サニー」。
南米のケーナ、アイルランドのティン・フルートと自転車のお供に旅したけれど全てコレクションにしかなりませんでした〜。チャンチャン☆
音楽家のスーチャンから、すでにコメントが届いてる(ヤバ!逃げられへん?!)。
長年の夢をかなえるべく3度目の挑戦!ガンバロー(^^♪ 2度ある事はなんとやら、にならんように・・・。
☆19日目。レッスン3日目
すっかり寝(込み)正月(>_<)
発熱、悪寒、関節の痛みに加え、激しいゲリゲリ・・・(つまり下痢)。
「体調は好調で〜す!」なんて言ったもんだからバチ?
ちょうど疲れが出てきたころでしょうか (;_;)
☆18日目。部屋から一歩も出れず。lie down ※1月4日記入
ダ、ダ、ダウン〜。
昨夜の炒めものが怪しかった。でも食べちゃった・・・。トイレに駆け込むこと32回。
も〜、トイレで寝ちゃおうかと思いました・・・(-_-;)げっそり
☆17日目。※1月4日記入
写真=愛車、すっかり服かけと化す
新年、あけましておめでとうございます。みなさんにとって良い一年になりますように♪
すっかり顔なじみになった日本人旅行者たちと、レストラン屋上に設けられたステージでシタールの華麗なコンサートを楽しみました。すんばらしい音色でした(~o~)♪
☆≪復活旅!第2弾≫ 16日目
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2006年06月 |
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