
ジョティ・ケンドラ校のシスターからお手紙が。開けると「う〜ん、ポカラのニオイ♪」←ほんま?(・・?
運動会に参加させてもらった時、やたらなついてきたビジェイ・ダパくん(5歳)の写真が・・・。(;_:)お〜、My son! 彼の父には二人の妻があり、母が二人の子を育てていた。「そんな環境にあるに関わらず、明るく無邪気そのものです」とあった。よかった・・・。
「暖かい思い出をジョティに関するすべての人々に下さってありがとう。またおいで下さい」。こちらこそ貴重な思い出。ビジェイの写真を携帯の待ち受け画面に入れた。
☆(一応)癌完治まで、あと24日だぴょ〜ん!

今旅の最強パートナーは、ソニーのハンディカム「HC1」。な〜んと、デジタルハイビジョンでっせー!! ヽ(^o^)丿ミニDVカセットがそのまま使え「10年後も高画質」、「細部までの高精細」、「奥行きが違う」「ひろびろ16:9ワイド」ときた! むずかしくないかしら?と思ったらお気軽操作で便利機能。気になる重さもたったの680g(本体)とサイクリスト想い (^<^)。電気男(オタク?)のミスター・スチーブ、(^o^)ニコニコしながら走行撮影に熱が入ってました。たった一度しかないチャンス!貴重な記録が残り、ぜひ皆さんにもみていただきたいっす。
旅はじめた80年代後半はビデオどころかメールもなく、日本とのコンタクトは年2回位やったのになあ。便利な世の中になりました(~o~)
テープは計30本。いま整理しながら思い出にひたっております。※貸し出し提供:ソニー株式会社 ←大大大感謝!m(_ _)m
デリー、香港を経由し、昨朝のトリブヴァン空港着からちょうど24時間後に関西空港に到着〜! あーっという間の3ヶ月間でした。
決して「楽(らく)」ではありませんでしたが、沢山の「楽(たの)」しみを見つけることができた旅でした。流した汗の分だけ、費やした時間の分だけ成長させてもらえたのではないかと思います(*^。^*)。そして出会った人の数だけ人生が豊かになっていく気がしました。そういった意味で今回はいつも以上に充実。これからも日々の旅を楽しんでいきたいと思います。とりあえず今日は寝ま〜す。グ〜(-_-)zzz
写真=デリーで5時間半待ち
☆おかげさまで無事帰国!!! (^_^)(^v^)/お出迎えの皆さま、わざわざありがとうございました。川谷さん、助かりました♪
ネパール最後の朝、屋上からの日の出を拝んだ。西の山にまん丸月が沈みゆく。北を見渡せば雪帽子のヒマラヤ山脈。 (*^。^*)あ〜ん、なんていう感動的な演出。午前9時40分、カトマンズーのトリブヴァン国際空港に直接乗りつける。愛車を解体。荷物整理に4時間かかって、ふ〜(+_+)。16時55分、エアーインディアは1時間半(だけ)遅れ離陸した。あとは“スカイレストラン”でゆっくりしましょ♪
☆91日目。機上の人となる
ネパール最終日は9つの寺院が集まるダルバール広場で人間ウォッチング。熱心に参拝してる人、ハトにエサをあげフンをかけられてる人(^_^;)、それ見て笑ってる人もいれば牛になめられてるのに気づかない人もいる(^。^)。タントンタントン聞こえてくる家屋を覗けば仏の木彫りをしてる人が。金を打ってる人、タンカを描いてる職人、味のある町やな〜。顔見知りになった人には必ずこう言われた、「また戻ってきなさい」と。「ええ、いつか・・・」と笑って別れる。また来たい町パタン。いつか・・・、きっと・・・、必ず。
☆どうしよう?あと24時間やで(;へ;)
早朝パタンに移動。「別名サンスクリット語の“ラリトプル”とも呼ばれ、美の都という意味」と『地球の歩き方』にある。なるへそ、なるへそ。王宮敷地内を走るとマッラ王朝にタイムトリップしたようだわさ・・・(゜o゜)。佐野由美さんがボランティアで働いていたラリット福祉小学校を訪ねた。全校生徒335人。貧しい家庭の子ばかりと説明をうける。「ナマステー。メロ・ナム・エミ・ホ(こんにちは。私の名前はエミです)」。色んな質問をしてみた。「自転車が好きな人〜?」「は〜い!」。「じゃあ、学校が好きな人〜?」「は〜い!は〜い!!は〜い!!!」生徒が総立ちになった。おおっ圧倒!!日本の子供たちにみせてあげたかったな。
☆3日後はニッポン?
本日は国民休日、『ホーリー満月』。色のついた水をかけあう習慣で、おちおち歩いているとビルの上からバシャッー! 今日ネパールに着いた人はびっくりするだろうなあ〜(゜o゜)。それにしてもTシャツ日和でよかったですヽ(^o^)丿
写真=色男?になった旅仲間の服部先生(本名、赤津孝博)
☆帰国まで4日。明日パタンに移動
メール送信が只今不可能・・・(>_<)。メールをくださった皆さま、こちらは元気です(^_^) (^v^)。
川谷さんへ→予定通り18日AI314で帰国します。よろしくお願いいたします。
写真=カトマンズーにサイスポが!!自転車屋『Dawn Till Dusk 』のSonam氏が丹羽隆さんや三浦岳人さんとも知り合いだよ、と。
☆87日目
本日快晴。おみやげ探しに町中うろうろ・・・。ツーリストの集まるタメル地区は値段もツーリスト向け。タメル・チョークから南に500mほど下ったタヒティ・チョーク周辺で気に入ったスパイス屋さんをみつけましたヽ(^o^)丿 『Home Made Spices and Tea Shop 』。種類が豊富で値段もお手頃。ファミリー経営で無農薬商品を取り扱ってるのがうれしいですな。
写真=親切な店主、アンバー・ギシンさん
☆あと6日
本日無事、取材班解散。
情勢を安否したり、体調をこわしたり、自転車ペース(特にカメの私)に合わせての旅の同行取材、本当にご苦労様でした。現地の運転手さん、通訳さん、そして日本から来てくださったディレクターさん、気をつけてお帰りください。画面には出ないすばらしい絆がうまれ、それが何よりもうれしいです。また地球の家族(^o^)が増えました♪
☆残り1週間。(~_~;)もっといたいよ〜っ
雨のカトマンドゥーより・・・
カトマンドゥーに戻り落ちついた朝を迎えた。愛車も今朝はホッとした顔をみせている(えっ(゜o゜)、ほんま?)。今旅はじめての雨天。一日ずれていたら今ごろは愛車もろともドロッドロ。神さま仏さま、感謝いたします!
☆84日。あと8日かあ〜(^_^;)
コダリに到着〜!!!
☆83日目。ポカラから11日目。ようやく目的地に立つ(^_^)v
景色は雄〜大!けど自転車ではかなりの過酷ルート。もうろうとして辿りついたタトパニの町で細胞が大喜びするごほうびが・・・。ヽ(^o^)丿つづきは『サイクルスポーツ』でね♪
☆82日がたちました
今回のゴール、中国・チベットとの国境コダリへと出発〜ヽ(^。^)ノ。今旅のラストステージは距離にして120kmほど。ヒマラヤ山脈の奥へと入っていくので上りかと思いきや、、、下りがつづいた。やばっ、帰りが大変でちゅ〜(~_~;)
写真=乗客がルーフにも!ローカルバスの旅はもっと大変(゜o゜)
☆ネパール滞在残り10日間
スティーブ安静中。連泊
☆80日目。はやっ!
ゲーゲー、ゲリゲリ、、、上からも下からもゲボゲボ・・・
「大丈夫?」
「ダ、ダメ・・・」
いつもは強気のスティーブがダウン・・・
写真=私は地元食堂でチベット料理のタントゥック(ほうとう風)をいただき〜ヽ(^o^)丿
☆79日
「Could you give me your pen,Please!」(お願い!ペンをいただけませんか)
こんなに丁寧におねだりされたのは初めて(^_^;)。ちなみにいつもは「give me pen!」(ペンちょうだい!)と追いかけられる。
☆78日目。残2週間(^_^;)
現地知人の紹介でカトマンズの『Nepal Cancer Relief Society(NCRS)』を訪問。癌センター関係者、癌専門医、癌患者、メディア、計20〜30名がサバイバル法を聞きに集まってくれた。ところでネパールの癌患者数は人口約2千500万人に対し確認されただけで5万5千人。この一年で1万5千人も増加したいう。癌とわからず亡くなるケースが過去多かったからだという。患者の7割は山岳部に住む人々。「お金がない」「遠い」などの理由で病院にも通えない。一番多いのが肺癌で、大きな原因はタバコだという。「キャンサー・スティク」と皮肉りタバコ追放運動もくり広げられている。ちなみに二番目は子宮癌、三番は乳癌で女性の癌死亡率が高い。NCRSではマンモグラフィーやベッド、ホスピス建設などの寄付金を呼びかけている。 www.ncrs.org.np
また何かしなくてはいけないお役目を感じた一日でした。(-_-)よっしゃ!
写真=癌サバイバーのスバードラ・ギミレさん65歳と
☆人生発見の旅、77日目
ハンドペイントの看板が多い。あまりにかわいいのでパチリ☆
※少女実物大
☆76日目。残り16日
わ〜(゜o゜)、汗がキラキラ☆彡 御厨祐次さん24歳。昨日、国道でバッタリ。がんばるじゃ〜ん!
聞くと途中で出会った「けいさん」という人の影響で、なんとこの「けいさん」がウワサで聞く超スゴ〜イ旅人!最初はバックパッカー→現地で自転車を買い→途中エベレストに登頂成功!!!→ガンガーを仲間と舟下りし→現在は友人とパキスタンを走行中。なんと所持金160円で日本を出発し手品やHPでカンパを集め旅をしているという。とにかくスゴ〜イ旅人なのだ。けいさんと御厨さんの旅の安全を祈ってま〜す(~o~)
写真=名古屋出身の御厨祐次さんと
☆早3月。75日目です
土砂崩れで流されたと思われていた佐野由美さん( http://www.c-space.co.jp/with/ )のメモリアルが確認されました!
ポカラとカトマンドゥーの中間地、ムグリンから南のナラヤンガートに向って15km。峠の右コーナーにある建物の隅。5年前から茶屋を営むグルンご家族が見守って下さっていました。毎日お掃除をしてくれてた12歳のキシャンくん(^_^)。お話相手のプリティちゃん5歳(*^o^*)。ミスターシバも心にぐっ・・・
☆旅74日目。2月も終わりですね〜
お尻に根が生えたポカラを出発〜。(^_^;)よいしょ・・・
本日走行72km。旅行者はまず立ちよらないような町に一泊。宿は3軒ありましたがどこもマイナス★★★ それでもあるだけ助かりました〜(~_~;)
写真=体長5cm丸々したゴキちゃんが駆け回るトイレ(>_<)
☆73目。全走行距離1517km
ネパール暦ファングル月14日の今日、シヴァ神の誕生日祭が各地の寺院で行われる。
「今日は何がおこるの?」。地元の人に聞くと「大きな焚き火をし、サドゥー(行者)がガンジャに酔いしれる(※あくまでも宗教行事)」とのこと。とてもヒンドゥー教らしいものが見れるそうです(^_^;)。はりきって写真をとってきたいと思います!
☆72目
ポカラを26日に出発。東200kmに位置する首都カトマンドゥーを通過しチベットとの国境コダリへ。そして再びカトマンドゥーにUターン。あちゃこちゃ見て、ふれあって、寄り道を入れ約500kmを10日で走ります。山岳部なので大変そうですが美しい景色にまた出会えます(^。^)。
21日からテレビ取材の方が来ネ。自分たちの旅をドキュメンタリーにしてもらえるなんてありがたいことです。地球のすばらしさと人々のやさしさを伝えたいな〜。そこで何を感じどう変わっていくかが自分でも楽しみ。無理し過ぎないようにがんばりま〜す(^_^) (^v^)/~
※次回は様子をみて、またアップしますね〜♪
写真=よく通った「D.B.MOMO」食堂。モモがデカイのでスティーブは「デブ・モモ」と呼んでいた。親切なご家族と。
☆71目
日本人シスターがお世話をしているポカラの学校を訪ねた。貧しい子供らに教育をうけてもらう学校で母子家庭の子も多く、まともに食べさせてもらってない子もいるという。無邪気な姿を見ていると自分の幼少とダブって涙があふれた。「あげるお金はなくても、あげるお金をつくることはできるでしょ」。英国でチャリティーに貢献している知人の言葉がうかんだ。子供ができないと悲観したこともあった。しかし世界の子供らを自分の子と思うことで救われた。恵まれない環境が多いけど子供には罪はない。救われなければいけない無垢な天使たち・・・、守ってあげたい。
400〜500円で一人分の一カ月分給食代が補えるらしい。ノートやエンピツ代、学校の運営費も必要だ。2カ月後に術後5年を迎え(一応)癌が完治する私にとって新たな目標ができた。旅の講演活動を開始し、一部を彼らのために積み立て、この手で渡しに行く。ダーリン(スティーブ)とポカラに戻ると誓いました。(^_^) (^v^)
写真=ポカラの「JYOTI KENDRA」にて
☆70日目
痛みに耐えかね病院へ。患者はスティーブの方(~v~;)
バラナシで足をくじきパンパンに腫れた。夜も激痛で飛び起きる。だけど様子をみるということで6週間も(!)みてしまいました。(~o~;)
医師「ヒビがはいっています」
スティーブ「やはり・・・ (−―;) ショック・・・」
バラナシから約500km。峠道をせっせと耐え越えたあとでした。
医師「あと6週間は足を安静にするように」
スティーブ「・・・(-_-;)ハイ・・・」
写真=レントゲン室のドアサイン (~_~;)これ怖くない?
☆70日目
レストランのメニューのすみに、こんなメッセージがあった。
NEPAL=Never Ending Peace And Love
ヽ(^o^)丿大好きなネパール。心からそう願います♪
☆≪復活旅!第2弾≫ 68日目
知り合いの知り合いの知り合いの、そのまた知り合いを通じネパール人の家族と知りあった。とても親切ですばらしい家族。売店のおじさんも、レストランのスタッフも隣の宿の人たちや通りですれちがう子供たちにもきれいな心を感じる。知り合いが増えれば増えるだけひかれていくネパール。なのに困っている人がこの国にはたくさんいる。なにか力になれないだろうか?
(^。^)→地震は震度4.7でした。以降は大丈夫。ご心配をおかけしました。
写真=60年代型、トヨタのカローラ。まだまだ健在!(ポカラ空港にて)
☆67日目
夜中の3時11分、地震が発生!
ガッタンガッタン・・ガタガタガタガタ・・・。数分後に2回目の大きな揺れがきた。
犬の狂い吠えが町中に響き、心臓はバクバク、主人の手を強く握る。
地震国日本とはいえ、慣れてるというよりはトラウマ。(ーー;)こわい・・・
ヒマラヤが怒ってるのか? パキスタンのようにならないか?
日本語ペラペラさんの言葉が浮かんだ。マオイストより地震の方が怖い。
(T_T)→明け方、再び揺れましたが穏和に陽は昇る。様子をみたいと思います。
☆旅66日目。ネパールに1ヶ月。
ネパールの有力紙『KANTIPUR』にインタビューが載りました。よからぬニュースがつづく中、「ナイスニュース♪」と現地の人にニッコリ、嬉しいやらテレるやら。全国紙だからマオちゃんたちも読んでるんだろうなあ〜(~_~;)。
☆復活旅!第2弾、65日目
癌で中断するまでの14年(※3年の単独バイクも入れた世界一周)、アフリカ、中南米、アジア、ロシアでも頑!<`ヘ´> として水は買ったことがなかった。「旅費に余裕ナシ!」というのが理由で井戸水、池の煮沸水、雨水、地元の人が飲んでたら平〜気でガブガブ。お腹こわさなかったのかって? はい、しょっちゅう・・・。抗体つきました(~_~;)。けどインド、ネパールではミネラルウォーターを飲んでます。なのにするんだな〜下痢。食器、握手した手、ハエと、バクテリアはあらゆる方法で体内へ。バクテリアみたいに強い子になりたいです(ToT)/
☆64日目
男性「アー ユー ジャパニーズ?」
エ「イエス」(^。^)
男性「ジャパン イズ ベリー ナイス カントリー!」
エ「サンキュー」(^_^)
男性「ジャパンニーズ アー ベリー ベリー リッチ!!」
エ「(みんなじゃないけど・・・)」(~_~;)
写真=関係ないですがWCペーパーは中国から輸入。「高級日用品」と書かれてます。
☆2ヶ月たちました
青年「アナタ、日本人?」
エ「はい。」
青年「ネパールは好き?独身? 」
エ「ええ。いいえ!」
青年「私、日本人と結婚したいんです」
エ「はあ??」
一人で歩いてると、こういう会話に出くわすことがたまにある。聞くと「リッチになりたい」=「日本で働きたい」→「永住権ほしい」→「てっとり早い方法=結婚」。う〜ん (― ―;)わかるよ〜な、わからん方程式
☆62日目
人々は笑顔でフレンドリー。歩いてると「ナマステー、ハウアーユー?」と気軽に声がかかる。「ナマステー、シルク(買う)?」、「ナマステー、Tシャツ安いよ」、「ナマステー、ハッパ(吸う)?」怪しいのもいる。赤ん坊をあやす母親の前を通った。「ナマステー、ベイビー(いる)?」。ハハハッ。ジョークがお上手で・・・(~_~;)
☆61日目
エ「はい、愛をこめて」(*^。^*)
ス「サンキュ〜♪」(^。^)yイエ〜イ
ネパールには輸入チョコしか売っていない。一泊代より、(チョコ)一枚の方が高くついちゃった。
しっかり噛んでね!とけるまで飲み込んだらダメよ!ヽ(゜o゜)丿
☆旅60日目
純子ちゃん、お誕生日おめでとう〜ヽ(^o^)丿
サワラギ先生も、お誕生日おめでとうございます (~o~)/
スティーブ、ありがとう(*^。^*) 知り合って16年半になりますが、今日で入籍5周年。
そしてマオイスト軍団にとっても今日は特別な日です。『マオイスト人民戦争開始記念日』。←派手なパーティーはご遠慮くださいまし〜 m(_ _)m
<みんなにとってハッピーな一日でありますように♪>
写真=恵子ちゃんの友人の友美ちゃんが作ってくれた大切な旅のお守り♪いつも守られています(^。^)
☆59日
日本人でにぎわう安食堂。でも喫煙者でい〜っぱい。客は入れ替わるのに、煙は耐えない。「やめられないっすよねー!ネパール、タバコ一箱20ルピー(35円)っすからねー」「俺なんかツレの兄貴がこのあいだ肺癌で死んじゃったんだけど、まあ死んだら死んだときだし。ガハハ」。という会話を背中で聞きながら、6畳広さの密室で6人がプカプカ、3人が間接煙を吸う宿命に。明日から食堂を変えよっか、時間帯を変えよっか (TvT) ゲホゲホ←(Steve)タバコ・アレルギー
写真=タバコ?じゃなくて今日のおやつ♪
☆58日目
お札の裏に動物の絵が描かれている。2ルピーはヒョウ。5ルピーはヤク(写真)と後ろにエヴェレスト。10ルピーはガゼルで、20ルピーはサンバー(というシカ科)。25ルピー、ウシ。50ルピー、山ヤギ。100ルピーはサイで500ルピーはトラ。さすが1000ルピーになると勇敢なゾウの姿が。表には前国王と新札には現国王の姿が。気になるのは25ルピー札があるってこと。緑地で赤一色のウシ。最近ではなかなか回ってこないレアーものらしい。お釣りで一枚もらった。記念にとっておこうか?でもピーナッツクッキー10枚分だしな〜(~o~)
→こんなノンキなことを言ってていいのでしょうか?昨夜、近所でデカイ爆発が3回起こりました。いま、ネット屋の人が教えてくれたけど、おとといはマオイストの幹部2名が射殺。以前いた宿のすぐ前です。そこに住んでたらしくビックリ〜(言葉失う)。
☆57日目
理解できますか〜?(~o~)丿
まあ・・・(ToT)
一応(~_~;)
さあ??(‘_’)
☆56日目
「昨日、投票に行きましたか?」。ほとんどの住民が「ノー!」と答えた。新聞によるとポカラは投票率8・3%。『マオイスト、次はポカラ30km南の村を襲撃』。こんな事件がつづくと怖くて行けないよね(ToT)/。町には隠れマオイストもいるというし。
今日の明るいニュース→バンダが急きょ解除されました。
写真=関係ないのですが、ヤクのチーズです。コクがありデリーシャス♪
☆55日目
ついに来ました、選挙当日!
どんな一日になるのでしょうか?
☆54日目
民家。家畜小屋。ヤギ、ニワトリ、ウシ。ブーゲンビリア、ポインセチア、ハイビスカスと梅の木が開花中。パパイヤ、グレープフルーツ、コーヒー、3階まで伸びたバナナの木、竹。畑は大根、レタスにジャガイモ、トマト、人参、オニオン、キャベツにカリフラワー、ブロッコリー、ほうれん草、チンゲンサイ。曇りのためヒマラヤは、かすか。隣の少年は家の壁にむかってトイレ。カラス、スズメ多し。以上、本日は「窓からの眺め」でした。
☆53日目
気になるので、観光のオフィスに確認にいってきました。
「旅行者は、ポカラにいま何人ぐらいいますか?」
「ツアー客以外で200〜300人は動けなくなっているでしょうね」
“動けなく”?バンダで交通機関も完全にマヒ。町を出るにも出られない状態だった。ちなみに日本人は30人ぐらいいるんじゃないかとの答え。ほっ(^。^)
☆52日目
なにが起こるか内心ドキドキ。
14時現在、ポカラはまだ安泰です。
☆51日目

自分のお土産はあまり買わないのですが、「連れてかないとうらむぞ〜」と脅されてるような顔つき。ついつい買っちゃいました〜☆。見れば見るだけ不気味でキュート(~~)。
さっそくバッグにぺったんこ。ブッダのアビリティーでネパールのストゥーパによく描かれてるシンボルです。
※スティーブいわく、大阪万博の「すねた太陽の塔の顔」と大変失礼な事をいっています。(すみません、偉大な岡本太郎さまm(_ _)m)
つぎの更新は治安状況をみてバンダ以降になるかと思います。地元の人はかたくなに「大丈夫!」を言いつづけています。
ちなみにツアー団体を除くツーリストはざっと見た感じで120〜130人はおります。日本人は6分の1ぐらい。
☆わ〜、今日で50日目だ〜!
m(^_^)m 久々の更新!皆さま、ご心配をおかけしましたm(_ _)m。
ネット屋がな〜い!あってもつながらな〜い!!停電・・・(ーー;) 治安問題。と旅先では色々なことがありました。二人とも元気にしております。また、連絡しますね〜♪
インド料理はどれもほぼ満足でした(*^。^*)。さて、ネパールは? なんせ旅の楽しみは食(※それだけではありませぬが・・・)。
定番の「ダルバート」(定食)、これは豆スープにご飯、野菜カレーと漬物つき。地元食堂では「これでもかーっ」てくらいにお代わりをくれる習慣があり、腹ぺこサイクリストにはうれしいっす〜(~o~)。
町ではチベット料理の「モモ」(餃子風)も食べれます。店によっては「これもモモ??」みたいなのもありますが・・・。ポカラに着いてから→走らず+食べる日々=皮下脂肪率アップ。
下痢の日々がなつかしいですな〜 ( ^)o(^ )もりもり
☆49日目
今朝の新聞をみて青ざめた(-_-;)
「昨夜4千人のマオイストがタンセンを襲撃! 警官・自衛隊11人と5人のマオイストが死亡。129人の囚人が逃脱し、旧王宮(現在郡の役所)が大破壊!!」。
おまけに150人近い警官・自衛隊がマオイストに連れ去られ、午後のニュースでは死者数が増えていた。
10日前、タンセンにいたからゾッ(−?;)。「良きネパール」って聞いたのに。インフォメーションセンターのお兄さんは無事だろうか?
カトマンドゥーも情勢が悪化しているらしい。ポカラも危ない?(日本語ペラペラさん、何とか言ってくれ!)
政府の建物が彼らの攻撃対象だ。ネット屋にはあいにく裁判所と警察署の間を通らないと行けない。そこだけ猛ダッシュ!(>_<) ≪同じ地球。どうか平和を・・・≫
☆48日目
今日から2月。8日の市選挙をめぐりマオイストが市選挙妨害を目的とした特別行動、バンダ(ゼネスト)を行う声明を出している。
それによると1月26日〜2月4日選挙妨害。2月5日〜11日が全国バンダ。2月13日はマオイスト人民戦争開始記念日。
いま下手に動くより、じっとしてる方がよっぽど安全だという地元民の話。国内の電話線も切られるそうなので明日、ネット屋に行っておこう。
住民は普通に生活し、ツーリストも普通に観光している姿が変な感じ。日本に住んでたという日本語ペラペ〜ラのあのネパール人に、今日はこんなことを言われた。
「JR(西日本)の脱線事故知ってますか? 日本の皆さん、あの後もJR乗って仕事いきますね。あれよりはここ、恐怖ナイです」。またもや妙に納得させられた感じ。
☆47日目
ネパールでは停電が日常茶飯事。(電気あるときに急いでブログ書き・・・)。シャワーはソーラーパワーなので昼過ぎにならないと湯が出ない。この宿は隣の建物の影になるので充電がうまくいかないらしい。
運が悪いと水も出ず、実は4日間シャワーにありつけておりましぇ〜ん。タイミングが大切です\(◎o◎)/明日こそは・・・。
したいときにシャワーができる日本。ありがたい事です(~o~)
☆46日目
アウトドアメーカーのコピー商品がやたら出回っている。大人も幼児も爺さんまでもが『THE NORTH FACE』を着ている。ミシン一台でロゴ入れする技は実にお見事。(・。・)じーーっと見てると私のジャケットのロゴを指差し、「これは日本で流行ってるのか?」「いいメーカーなのか?」と。「うん。『mont・bell』は信用できる一流品。でもロゴコピーはだめよ!」
写真=コピー禁止!CをKに変え『THE NORTH FA“K”E』ってのはどう?(~o~)
☆45日目
ダムサイドからレイクサイドに宿を移動。ベッドから山々が望め、100mで湖畔に出られる。
日本語サインが目立つが、最近は韓国人バックパッカーの方が多い。中国人や台湾人もちらほら。
歩いていると客引きに「アンニョンハセヨ、ニーハオ、コンニチワ!」。そりゃ、どれかは当たるでしょ〜(~o~)。
ネパール人にネパール人と間違われたり、チベット人扱いされたり、日本人には「日本語、上手ですねえ」と驚かれた。 (^_^;)←大阪人です
写真=ダムサイトの食堂「あにーる・もも」
☆44日目
宿のご主人に治安を聞く。
「心配はないです。マオイストのターゲットは政府だけですから」。
レストランのオーナーにも聞いた。
「大丈夫。ここは安全」。
ポカラに来て爆弾音を3回も聞いてるのに顔見知りになった青年も同じ事を言う。
「問題はない!」と。
毎日、日本人ツアーの団体がこの町に押し寄せる。韓国人や中国人ツアー客も多いし、欧米旅行者の姿もある。
「日本で地震被災地にいるより命は安全です」。日本語ペラペーラのネパール人男性に言われた。なぜだか、妙に納得してしまいました。けど・・・。
☆43日目
昨日はバンダ(=ゼネスト)。店は閉まり、車は走らず、夜はどこかで爆発音(~_~;)。
私たちも宿に閉じこもり10日分の大洗濯(もちろん手洗い)と日記書きをしていました。
今日は平常通りです。
☆42日目
アンナプルナ、マチャプチャレ、ラムジュン・ヒマール。標高7千〜8千m級の雪山帽子が宿の部屋から見えまする〜。
あ〜ん、なんて幸せ(*^。^*) がんばって走ってきたごほうびでやんすね♪
☆41日
走り出して2時間ちょい。峠の途中で何十台ものトラックが止まっていた。
(いや〜な予感・・・)
「どないしたんですかー?」
「路上に爆弾がしかけられてるんだ」。
「な、なんですって? 爆弾?」
「3日前から交通停滞さ(‐‐;)」。
自転車は隙間をぬって通過が可能だったが、路上に爆弾らしき物(!?)が堂々と・・・(~_~;)
マオイストの嫌がらせ。夕方、ポカラに無事到着した。
写真=村はこんなにのどかなのになあ〜
☆旅40日目
バラナシで会った旅人、赤津孝博さんと再会した。それも、こんなめっちゃ片田舎で。
私たちがバラナシを出たのが9日前。赤津さんは列車とバスを乗りつぎ2日前に出たという。
バスがた〜またま休憩したとこに、私たちがた〜またまランチを終えて出てきた。その瞬間に再会!! すっごいタイミング(*^。^*)
会う人には何度も会うんですね〜。ご縁。
写真=バラナシで一緒にプージャー見物
☆39日目
「心配ない!ツーリストには危害を及ぼさないから」。
ネパール人は皆、同じ事を言う。でも、ライフルを持った自衛隊と警官が町中をウヨウヨしている。守られてるというより「・・・」(−_?;)。
とにかく体はバテバテ。標高1350mのタンセンに連泊しエネルギーを充電することに。
午後、インフォメーションセンターへ。「バスの便が悪いので旅行者が少なく、昔ながらの良きネパールがここには残っています」とのこと。
地図と写真で町の歴史、観光地、物産品、施設案内、トレッキングルートや自分の家族構成、学歴、人生論まで説明してくれた。40分はしゃべってる。お兄さん、もしかしてヒマだったのかしら(^_^;)?
オフィスを出たあと「もう全部(写真で)見たんで観光はしなくていっか」とスティーブ(笑)。
でも、せっかくなので木彫のネワ?ル工芸技術が美しいナラヤン寺院に寄ってみる。
1806年創建。しかし、ほんま、ツーリスト見ないな〜(ToT)
写真=本日の新聞。「マオイスト17人を含む25人が紛争で死亡」(?_?;)
☆今回の旅38日目
40km弱の急坂がつづいた。上り。くったくた・・・(+_+)
途中、ブトワルの町で学生が集団暴動! 警官と衝突し沢山の野次馬(住民)が見守る中、石が飛びかい催涙弾が打ち込まれ国道はパニック封鎖。マジでヤバ!(~_~;)。
自転車のおじさんが裏道を教えてくれ町を抜けましたが2月8日の市選挙を前に国民はかなり動揺しています。不安・・・。
☆37日目
ブッダの生誕地、ルンビニを訪れた。どんなところ?ドキドキ・・・。木々に囲まれ、高い気に包まれ、神聖さが漂う。
大きな菩提樹の下で巡礼者が祈っていた。
私も手を合わせる。「ありがとうございます」。
以前ならわずかな賽銭でいくつものお願いをしてたのに、病気後はお寺や神社や教会で神様や仏様にも一切、お願い事をしなくなった。
「いま生きてる事に、ここに来させてもらえたことにありがとうございます」。不思議と感謝の言葉しか出てこない。
死が自然の一部であり、けっして恐怖ではない事を悟ってからは心は穏やか。満たされています。
☆36日目
今朝、よからぬニュースが飛び込んできた!<国境閉鎖の可能性あり〉〈電話線、使用
不可に〉。なんちゅうタイミング(‐‐;)ぐぐっ。16年前も閉鎖で入れなかった。
夕刻、国境に辿り着く。日本人ツアーの団体がバスでドヒャーと入ってきた。現地の人
に聞くと問題はないという。ということで世界一周79カ国目の国、ネパールに無事入
国することできました〜(^_^) (^v^)/~ ビザはイミグレで取得可。
写真=イミグレの係官さんたちと「ナマステー!」
☆旅35日目
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2006年06月 |
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