おしらせ
右肩上がりで観客が増えていった1980年代の鈴鹿8耐。その人気の背景には、バイクブームによって4耐人気がアップする状況を受け、車両メーカーが250cc、400ccスポーツモデルの販売促進の場として戦いが熾烈になったという流れがあった。では実際に、現場ではどのようにワークスマシンが開発され、戦いが展開されていたのか。加えてメーカーは、その先をどう見据え、87年8耐の中でどのような先行車を走らせていたのか。今だからこそ──35年後の視点で、当時の鈴鹿8耐を振り返る。
オートバイレースに多くの人々が熱狂した時代は、レースがその熱量にふさわしい魅力を持っていました。グランプリライダーの競演、ワークスマシンの激突など予測不能な要素が複雑に絡み合い、多くの人々をサーキットに誘ったのです。そして数十年経ち、「今だから言えること」が口にできる状況となりました。一般的に伝えられているレースが、本当にそうだったのか。いわゆる「戦記物」として、多くのファンをサーキットに集めたレースを改めて振り返り、当時の人々に再取材しまとめたのが「情熱のロードレース」です。
INDEX
○主要コンテンツ
・カワサキワークス復活。その道のりを探る
・86年鈴鹿8耐を圧勝したRVF750の進化は?
・片持ちを登場させたヤマハワークス。その開発の道のりは?
・ラスト5分で転倒したヨシムラ・高吉。その瞬間をチームスタッフが振り返る
・究極のレーサーレプリカを目指し、走り出したRC30プロト
○コラム
・二輪車操安探求の道(神谷 忠)
・最新レーシングテクノロジー(小澤源男)
・幻に消えた4ワークス対決(古谷重治)